*指導者のコラム

 学園指導者が日々の暮らしの中で感じたことを綴ります。また、学園通信巻頭言も掲載していきます。

​2020.9.1

​『今年の畑』

 今年は学校へ行けない期間がたくさんあったので、子どもたちは例年より畑作業をこまめにしています。厨房には毎日のように子どもたちの野菜がやってくるので、毎食誰かの野菜が食卓に上っています。子どもの野菜を使った日はいつも「今日のピーマンは〇子のピーマンだよ」と紹介するようにしているので、いつ自分の野菜が出てくるか楽しみにしているようです。食に興味のある子は「このなす揚げびたしにしてね!」とリクエスト付きで持ってくるようになりました。ズッキーニやきゅうりはすぐ大きくなりすぎてしまいますが、毎日畑に欠かさず行くので、ちょうどいいサイズで採れています。採れる野菜は緑色の物が多いので、最近はお皿の上が緑色です。

畑で野菜が採れるので、購入する野菜の量が激減しました。しかし例年に比べると収穫量が少ないです。今年は夏行事が無かったので、野菜が有り余った野菜はどうしようかと心配していたのですが、夏の始まりに長雨が続いて陽が足りなかったからでしょうか、例年だともっときゅうりやなすが採れてもいいころですが、最近の日照りも重なって少し病気気味で元気がありません。小麦も実が入っていなかったようです。お店に並んでいる野菜も高騰しているので、今年は全体的に不作なのでしょうか。先日桃を購入した際に、桃農家さんが、桃も不作で贈答用の桃はもう完売しているとおっしゃっていました。

ただ、今年は畑に電柵を張ったので、毎年獣害に遭って悲しい思いをしていたトウモロコシが初めてたくさん採れました。子どもたちと収穫しておやつに採れたてを外で焼いて食べました。やはり採れたては甘い!みんな夢中で美味しそうにかじりついていました。

自然の力には勝てませんが、動物には勝てた夏でした。  (M)

2020.7.30

『腕の見せどころ』

長雨が続き、梅雨がなかなか明けず、田畑の作物の出来も、心配されるようになってきました。そんな中でも、子どもたちは元気に生活をしています。

3月2日より始まった学校の休業も、今年度も引き続き6月1日までが休業となりました。入園してから約2か月もの間、センターでは最大限のウイルス感染予防対策をとりながらも、学校と連携して学習指導支援を行い、制約の多い生活空間の中で、学園カリキュラムに則った生活体験・自然体験活動を展開してきました。

今回の2か月の学校休業期間で改めて一番に感じたことは、山留生にとって学校に通学するということが、どれだけ心身の安定に重要な影響を及ぼすかということだった。

子どもたちにとって毎日の6kmを超える徒歩通学、先生や地元の児童生徒とかかわる多様な人間関係、子どもたちの知識欲を満たす各教科の学習指導や学校図書など。これまで当たり前として存在した、学校に対する捉えを再認識する機会であった。

そして山村留学指導者としても、子どもたちの有り余るエネルギーや欲求を、この休業期間中、どのように満た

してあげられるか、学園指導チーム・指導者個々の課題として、毎日投げかけられているようであった。子どもたちそれぞれが、『これをしてみたい!』と内発する興味欲求と、それに基づき主体的に第一歩を踏み出す多様な環境を整備すること。せっかく自然豊かな大岡の自然と、異年齢の多様な人間が存在するこの空間で、単なる集団レクリエーションやスポーツ、ゲームで時間を過ごすのは簡単ではあるが、とても勿体ないことである。

 指導者が熟考し、準備して整えた多様な環境で、こどもたちが第一歩を示し、一つの体験を通して想像力と独創性が育まれ、その力が次の体験へと子どもたちを誘い、体験の連続性へつながっていくこと。子どもたちが大岡で、嬉々として体験を深めていく姿を想像しながら、この2か月は指導者としての、腕の見せどころであった。 (A)

 

2020.7.3

『待つ、そして見届けること』

今年度は、八坂美麻学園と大岡ひじり学園の兼務になりました。よろしくお願いします。

挨拶を兼ねて、大岡学園でのことを書かせていただきます!

 大岡で子どもたちのやり取りを見ていると、いろいろなことに葛藤を抱えながらも、自分なりに頑張っている姿が眩しいです。誰もが、何らかの目標をもっていることが、自分のことは自分でやるというのが一大テーマの山村留学生にとって大事なことです。

 また、生活の中の人間関係トラブルは付き物で「○○が言うこと聞いてくれない」みたいな子どもたちのやり取りはよく耳にします。その子言っていること自体は正しいのですが、それを相手が聞いてくれるかは別問題。そして、指摘しているその子もできていないこともしばしば…。

それに限らず、家族に会いたいけど会えないとか、その他たくさんの悩みも、活動の時にはそんなこと忘れて打ち込み、またどうしたらいいのかをリフレッシュした頭で考える。そしていつも仲間がそばにいる。ただ一人で自然体験の活動に向かうことだけでなく、いろいろな人から教わり、時には相手のフィルターを通して物事を見ることで、未知の知識や考え方を知り、心を豊かにしていくことができる。

 このようにして撒かれた多種多様な種が芽を出すのが一体いつになるのか、誰にもわかりません。指導者同士で話している中で、「1年間という期間の中で、指導者にしかできないことは待つこと。」と聞いて、「なるほどそうか」と思いました。そうやって子どもたちが自分で気づくきっかけを、「こどもたちのため」「指導のため」「安全管理のため」と言って奪ってしまうことをもっと怖れなければいけないと気づかされました。

 今の世の中はスピードと結果が求められる情報社会の時代!

だけれども教育にとって必要なのはじっと待つことなのだと、忘れないようにしたい。  (I)

2020.6.5

『子ども達の道草』

今年も新年度が無事スタートしましたが、新型コロナウイルスの影響で、一度も登校しないまま1ヶ月が過ぎました。先生に届けていただいた宿題に取り組み、週に1度程度青空教室をして頂いて、体育の授業はみんなでの太鼓練習と田畑作業という毎日でした。農家中の平日も学校の代わりにセンターに登園するので「はやく学校に行きたい」と物足りなさを感じている学園生たち。

5月に入ってから、農家生活中に登校日があり、初登校をしました。短縮授業で給食もないので、お昼前に下校します。ただいま〜!と元気に帰ってきた小学生の頭にはシロツメクサやぺんぺん草で作った花輪が乗っかっています。帰り道に作りながら帰ってきたようです。昼食の時に出てくる話題は帰り道での話がたくさんでてきます。子ども達は大人が知らないような道を探検しながら帰ってきます。行き帰りの道のりが長くて初めは辛く感じるのですが、道のりが長いからこそ、道草が楽しいのです。

5月も終わりに差し掛かるころ、待ちに待った初めてのセンターからの登校日です。元気に帰宅した子ども達が持って帰ってきたのは2つのトートバッグに飛び出るほどいっぱい入ったわらびでした。例年、初登校の日の帰りに蕗の薹をつんで帰ってきて夕食に食べるのですが、今はもう蕗の薹はないのでわらびにしたそうです。重たかった‼︎と嬉しそうに厨房に持ってきました。こんなにたくさんどの辺で採ってきたの?と聞くのですが、「〇〇兄の近道を曲がったとこのなんとかかんとか…。」と、またも大人の知らない素敵な道草スポットがあるようです。早く毎日登校できる日が来て、季節の移り変わりを感じながら、思う存分道草を楽しんでほしいと心から感じました。 (M)

​2020.5.2

『今ここでこそ』

 いつになく雪の少なかった冬が終わり、大岡の山々は、最初に咲き始めたダンコウバイやキブシの花の黄色から、桜のピンク色と新緑の優しい緑色へと移り変わり始め、春がようやくやって来た。

四月五日、大岡ひじり学園二十四期生十五名の山村留学生活が始まった。二週間前から健康観察を行い、無事センターに集合した子どもたち。規模を縮小して行った入園のつどいでは、丁度見頃を迎えたダンコウバイの黄色い花を手に入場し、「次にこの花が咲く時まで共にがんばろう」との気持ちを込めて、一人ずつ花瓶に挿した。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、世界中で様々な物事が起こり、変化し、昨年度の二月下旬頃からは、私たちの生活も大きく変化した。大岡での山村留学生活では、学校の休校が大きな変化の一つだが、子どもたちは今のところ、健康管理に気をつけながら元気に、豊かな自然の中でのびのびと過ごしている。

学校の休校中は、平日の午前中を学習の時間として、子どもたちはセンターの机に向かい、学校からの課題に取り組んでいる。これまでは当たり前のように通学していた学校の休校が二カ月ほど続き、子どもたちの口からは、「早く学校に行きたいなぁ」との言葉が何度も聞かれる。当たり前のことが当たり前ではなくなった今、当たり前だった物事の大切さに改めて気づくことも多い。

特に、昨年度の三月は、学校の休校に伴い、修園のつどいが二週間ほど早まり、子どもたちは早々に、それぞれの家へと帰って行った。仲間との残りの日々を大切に過ごそうと考えていた子も少なくない中、これまで続いていた生活が唐突に終わる衝撃は、決して小さくはなかったはずだ。私自身、「一日一日を大切に」と言う、聞きなれた言葉の意味が、身に染みて分かった気がした。 (S)

2020.3.1

『暮らしに学ぶ』

 この冬は記録的な暖冬と小雪で、地域の方々は「雪かきもしなんで、楽な冬だけど、こう畑の土が出てると、働け働けと言われているみたいで、気持ちが休まらんのう」と話していた。確かにセンターの周りも、雪が降ったと喜べばすぐにとけてしまい、とうとう春と間違えて、フキノトウも出始めた。春の訪れの喜びは、厳しい冬を乗り越えてこそ存在するので、もう少し大岡の冬らしくなって欲しいものだ。

 学園生の冬の農家生活は、農家の方も「冬は何にも手伝ってもらう作業がなくてねぇ、何をさせりゃぁいいだ?」なんて質問をされることが多いのだが、「普段の生活の中で何か手伝うことがあれば、それをさせて下さい」とお願いをしている。

1月・2月の農家生活は結構日数も長く、農家ではどんな体験をしたかが気になり、センター活動に帰ってきた子どもたちに、どんな手伝いをしたかを聞いた。「あのね、今回は豆の選別をしたの。収穫した大豆を、母さんと一緒に炬燵にあたりながら、1粒1粒虫食いが無いか確認するの。1粒1粒見ながらだから、すごく時間がかかるんだけど、お茶を飲んでぺちゃくちゃお喋りしながらだから楽しいよ。農家の冬仕事って言えば豆の選別なんだって!」

素晴らしい体験である。センターでも味噌作りで大豆を大量に使うが、センターの大豆も選別が大変で、学校に行く前に一握りの大豆を選別したら登校するなんてこともしたことがある。その中で選別がとても速くて上手な子は、農家でも体験している子たちだった。

育てる誌10月号の巻頭言で、加藤さゆりさんも、幼少期のボヨ集めについて綴っておられたが、暮らしに学ぶとは、まさにこのことだと思った。自然に寄り添いながら営みをおくる、農山村の暮らしの体験。やはりこの体験は農家生活があって初めてできることなのだ。冬は冬なりの手仕事があり、春の訪れをじっと待つ。

暖冬小雪だけれども、私も春の訪れの喜びを感じられるよう、冬の今を過ごしたいと思う。 (A)

2020.1.14

『お雑煮』

 お正月の家庭料理としてよく食べられるお雑煮。地域によって、また家庭によって作り方も具材の内容もさまざまです。私は三重県出身です。実家のお雑煮は、しょうゆ出汁に牛肉とねぎ、白菜、もち菜が入っていて、お餅は焼かずに煮てあります。同じ三重県内でも、友人の家のお雑煮も元職場のお雑煮ものうちとは違うのでとても興味深いです。子どもたちは全国各地から来ているので、お雑煮も様々です。お雑煮をごはんに出した時に、お家のお雑煮を聞くといろんな回答が出てくるので、毎年密かに楽しみにしています。

 年末、冬行事の山村生活班と幼児低学年班の子どもたちと一緒にお餅つきをして、お土産にする鏡もちを作りました。残ったお餅はお昼ごはんにいただきます。子どもたちの大好きな甘いきな粉餅とあんこ餅、それからお雑煮にしていただきました。お雑煮は大岡で食べられているお雑煮を作りました。みそ出汁に、鶏肉、大根、白菜、にんじん、ねぎなど、野菜がたっぷり入ったお雑煮です。今回も子どもたちにお雑煮の話をしたときに、子どもたちのおうちのお雑煮について聞いてみました。醤油味のお家もあればお味噌味のお家、お肉は豚肉、鮭、鶏肉、みんな口々に話してくれました。どれも美味しそうで、全国のお雑煮を食べて回りたいと思うのですが、残念ながら私はお雑煮を食べられるお店に出会ったことがありません。

今回、半分の子どもたちはお家でお雑煮を食べたことがないと言っていました。中にはでお餅も食べないという子も。私の母が餅好きなので、お正月以外にもお雑煮が食卓に上がる程とても身近な食べ物で、お店のメニューにもあまり見かけないお雑煮は家庭の味、母の味という認識だったので驚き、少し寂しい気持ちになりました。

 引率をして実家に帰り、お正月の朝、お雑煮と数の子をいただいているときに、将来お店を出して、メニューに全国各地のお雑煮を入れたらヒットしそうだなとぼんやり思いました。 (M)

 

2019.12.3

『嬉々として』

 今年度も、大勢の方に足を運んでいただき、収穫祭を盛大に開催することができた。二十三期生が作り上げた収穫祭は、準備は少し遅くなったけれど、二十三期らしい収穫祭になったと感じる。

収穫祭での発表の一つに、山村留学生活の中で、興味を持ったり、不思議に思ったりしたことをテーマに、それぞれが体験をしたことを発表する、個人体験発表がある。自分で実際に体験しながら、様々なことを感じ、考え、深めていくという過程は、なかなか普段の生活の中で簡単にできることではない。この「個人体験」に取り組む時間こそが、山村留学の中で、とても重要な時間だと改めて思う出来事があった。

収穫祭が近づいてくると、子どもたちはいつにも増して慌ただしい。特に、まとまった時間のとれる休日には、それぞれの取り組んでいる個人体験のラストスパートをかけるのだ。「外に行って、〇〇してくるね!」「この時間で△△できるかな?」と、寒空の下、作業を続ける子、地域の方のお宅を訪問する子等、それぞれが時間を忘れて取り組む姿があった。

一方、なかなかテーマが決まらずにいた子は、忙しそうにしている皆を横目に、学習室で本を読み、時には布団に潜り込みお昼寝。焦るわけでもなく、飄々と自分のペースで休日を過ごしていた。しかし、興味を持てるテーマが決まると、その子の様子は激変した。

休日になると、誰に言われることなく、外へ飛び出して行き、材料を集め、火を起こし、消し炭を作る作業を繰り返した。地域の消し炭作り名人に作り方を教えてもらった時、いとも簡単にしていた作業が、実際に自分でやってみると難しく、失敗することもあった。しかし、大好きな火を起こせる楽しさに目を輝かせながら、何度も何度も消し炭作りをしている姿は、まさに嬉々としている姿だった。 (S)

2019.11.5

『台風』

 この度の台風19号により、被災された方には深くお見舞い申し上げます。

 今回の台風時には、学園も親子行事(薪割り・稲刈り)を実施しており、夜半からの集中豪雨を受けて、自主避難というかたちで、地区の集会所に総勢約60名(学園生・保護者・ボランティア)で1泊避難をしました。避難完了後に避難勧告↓避難指示が発令され、刻一刻と雨足と風が強まる中で、早い判断のもとで避難が完了できたことに、一同胸を撫で下ろしました。子どもたちも、避難時にいつもの道が、川のように水が流れていたり、山から水が噴き出るのを目の当たりにして、人の力が及ばない、自然の猛威を感じ、また避難の行動をとり、自分の身を守る大切さも身に染みて学べたと思います。翌日は台風一過のもと、早朝に避難所からセンターに戻り、薪割り活動を終わらせることができました。

幸いにも大岡では数カ所の土砂崩れ等で、大きな災害はありませんでしたが、同じ長野市の千曲川流域では、越水・決壊等で甚大な被害が出てしまいました。連日大勢のボランティアの皆さんが全国から駆けつけて下さり、復興の一助となって頂けていますが、被災された方々が、通常の生活を取り戻すのはまだまだ先で、多くの支援を必要としている状況です。子どもたちも連日の新聞等の情報で、同じ市内の学校が休校になっていたりと、被害の情報を得るにつけ、自分たちの避難の体験もあって、我がことのように受け止めている姿があります。

今回の台風来襲は、子どもたちにとって、多くの教訓と学びのあった事象となりました。また現在は気持ちを切りかえて、収穫祭に向けて大きく前進しています。 (A)

2019.9.12

『みんなに活気を』

 8月24日 ゆめっこまつりというお祭りがありました。このお祭りは、大岡村が合併して長野市になった2004年に始まり、たくさんの人に支えていただいて今まで続いています。大岡の人々に元気を届けるために、大岡の小中学生と山村留学生が地域を回って踊りを披露します。私は始まった当初の山村留学生ですが、こんなに長く続く大きなお祭りになるとは思いませんでした。大岡に子どものお祭りは他になく、初めての試みだったため、何もかもが新しい事で活気にあふれていて、本当にワクワクしたのを今でも覚えています。当時から子どものいない集落があり、その集落を訪れると、おじいちゃんおばあちゃんが涙を流しながら喜んでくれるのが印象的でした。

現在は集落を回るだけでなく、地域の方や保護者さんたちが開くいろいろな屋台や盆踊りなどもある夜祭も行うようになりました。現役の保護者だけでなく、卒業生の保護者の方も協力してくださっていて、昼食のお弁当の時に温かいおみそ汁とたくさんのお漬物を子どもたちのために用意してくださっています。沢山踊った後に食べるおみそ汁とお漬物の美味しさは格別です。子どもたちはお皿にモリモリにお漬物をもらってきて嬉しそうに食べていました。

たくさんの人に支えられているゆめっこまつりですが、年々地域の子どもが減っていて、今では地域の子どもの参加者は3人になってしまいました。子どもは減っていますが、ありがたい事に子どもの少なさを感じさせないほど、卒業生や卒業生保護者が毎年集まってくれて一緒にお祭りを盛り上げてくれています。大人の楽しむ姿は子どもたちにとって良い刺激になり、恥じらいや緊張もお祭りの雰囲気にかき消され、子どもたちの踊りがどんどん祭りの踊りになっていきます。見に来てくれた方だけでなく、参加するみんなに活気が出て「ゆめっこまつりがあるから大岡に帰る」そんな里帰りのきっかけになるこのゆめっこまつりが続いていくことを願っています。  (M)

2019.8.3

『命』 

センターの前庭には、ポランという犬がいます。センターにやってきて7年目。甲斐犬の純血種で国の天然記念物に指定されています。生まれて3か月でやってきた子犬のポランは、学園生皆から可愛がられ、ポラサ【ポランの散歩】係といって、毎朝起床前から係の子が散歩に連れていきます。猟犬としての本能か、五感を使って鳥を常に探していて、散歩中に人が気付かなくても、鳥の気配を感じると、その方向に向かって吠えはじめ、しばらくすると鳥が飛び立ちます。

 子どもたちは毎朝学校に登校するときは『ポラン行ってくるね!』、帰園するときは『ポランただいま!』と、まるでポランを家族のように考えて生活しています。きっと指導者に相談できない悩み事も、ポランは聞いてあげているのかもしれません。

センターにはポラン以外にも魚、クワガタ、サワガニなども、子どもたちが世話をしながら、一緒に生活をしています。そんな動物たちと子どもの共存生活を観察して思うことは、子どもの生活領域に人以外の『命』の存在を提供すること。これは子どもたちの育ちの中で、とても重要な意味を持っていると私は思うのです。当然のことですが、非言語のコミュニケーションにつながり、察しや思いやりを身につけること、愛情を注ぐこと、他者への共感、他者の面倒をみること、死や別れの経験など、様々なことを学ぶことができるからです。

 これから先も、できればヤギやニワトリなども、センターの仲間に増やしていきたいと最近考えています。 (A)

 

2019.7.5

『こころの水やり』

先日、ずっと気になっていたある講習会へ参加する機会に、ようやくめぐりあいました。それは、「ネイチャーゲーム」リーダー養成講座。自然との関わり方は人それぞれですが、これまでの私にはあまり縁のない関わり方の一つだった、ネイチャーゲームの世界を覗いてみたいなと、ひそかに思っていたところ、ようやく参加できそうな日程があり、会場となった長崎の諫早へ赴きました。

この講習会では、まずは「楽しみましょう」と、実際にネイチャーゲームタイム。小雨が降ったりやんだりする天気の中でしたが、レインコートを着込んで、森の中へ。水分をたっぷりと含んだ梅雨時の九州の空気を懐かしく感じながら、五感を使った様々なゲームを体験しました。また、野外での体験と並行して、座学でもネイチャーゲームの成り立ちや理論等を学ぶ時間が組み合わせてあり、内容が盛り沢山の二日間でした。

私にとってこの二日間は、ネイチャーゲームの手法を知ることができたことはもちろんですが、それ以上に、環境教育の根底に流れる考え方やそれに対する自分の考え方を再確認することのできた、とても良い時間となりました。私は個人的に、アメリカで始まった環境保護活動の流れに興味があり、その流れの一端に位置するであろうネイチャーゲームを考案したジョセフ・コーネルさんに関するお話は、特に興味深いものでした。

その中でも、印象的だったのが、「自分のこころに水やりを続けなさい。」という、コーネルさんの言葉です。こころの水やりとは、自分のためだけに自然を楽しむ時間を持つということ。自分の経験を振り返ってみても、これはとても大切なことなんだと納得しました。

私にとっては、センターの犬と散歩をしたり、田んぼや畑の様子を見てはお世話をしたり、そんな些細な時間がこころの水やりの時間。これから本格的な夏がやって来ます。センター周辺の木々は木の実を実らせ、田畑の作物はぐんぐん育っていきます。子どもたちが自然を楽しむように、私自身も楽しんでいきたいものです。  (S)

2019.6.1

『食事作りの工夫』

「ただいまー‼お腹すいた!今日のごはんなに⁉」学校から帰園した子どもたちはただいまとセットで夕食の献立を聞いてきます。今日はね、いわしの梅煮だよ。

「いわし?梅って梅干し⁈うーわまじか…。」なんて素直な反応のでしょうか。毎年、魚嫌いな子は何人かいます。骨を取って食べるのが苦手という子が多いのですが、お家でもあまり出ないとのことで、食べ慣れないようです。苦手な物も挑戦して食べてみるように指導しますが、余計に苦手意識を持ってしまっては意味がないので、私は工夫をして調理するようにしています。いわしを梅と一緒にじっくり煮て、小骨は食べられるようにして出しました。小学生のRは魚も梅干しも苦手です。夕食の配膳に案の定しかめっ面でRはやってきました。配膳が終わり、いただきますのあいさつをして食べ始めます。食べ始めは、なかなか手を付けずにいたのですが、梅としょうがでいわし独特の臭みも消えていて、梅の酸味がまろやかになっていたため、食べやすくなっていたようで、なんとRがおかわりをしました。みんなRが魚も梅も苦手なことを知っているので「Rが魚をおかわりしてる!すごい!」と驚いていました。本人が一番驚いていて、「今日のは食べられるよ」とニヤッと笑って食べていました。おかわりが残り少なくなって、あと少しだれか食べないかと聞くと、Rが「梅干しのこってない?」と聞いてきて、今度は梅干しをおかわりしました。「この梅が美味しい。これならいっぱい食べられるよ」と嬉しそうに言っていました。こういう姿を見ると、本当に嬉しく思います。

次の日の朝に、白いごはんとは別に、このいわしの出汁で少しだけ炊き込みごはんを炊いて、食べたい子どうぞ、と出しました。するとRも炊き込みごはんをよそいに来ました。そんなRをみんなが「食べられるの増えて良かったね!」と褒めると、照れくさそうにニヤニヤ顔を隠しながら食べていました。こうやって少しずつ自信をつけていってほしいです。 (ま)

2019.5.5

『山菜採りキャンプ』

 四月三日に第二十三期生の入園のつどいが行われ、十五人での山村留学生活が始まり、はや一ヶ月が過ぎた。センターの周辺では超大型連休に合わせるかのように、桜の花が咲き、雪形の現れた北アルプスを背に、暖かな日差しの下で田畑の作業を始める人々の姿が見られるようになってきた。

 一年間の山村留学生活が始まったばかりのこの季節は、生活の中でも、活動の中でも、継続園生から新入園生へと様々なことを伝えていく場面が本当に多い。その機会の一つが、大岡ひじり学園で毎年この季節に行なっている「山菜採りキャンプ」だ。五月三日に行なったこのデイキャンプでは、旬の山菜を自分たちで集め、野外で昼食を作るのだが、自然豊かな大岡の自然の恵みを味わうと共に、三~四人ずつの班で協力しながら楽しいキャンプを作っていくことを目的に活動を展開している。

楽しいキャンプにするために、継続園生たちは、どこに山菜が生えているのか、どんな料理が作れるのかを考えながら、まだあまりセンターの周りを知らない新入園生に色々なことを伝えながら、班を引っ張っていくことが求められてくる。かつて新入園生だった頃、継続園生が教えてくれた姿を思い出しながら活動するのだ。

今年は例年よりも植物の成長が遅く、まだ出ていないものもあったが、活動当日には、タラの芽、コゴミ、ノカンゾウ、アサツキ、つくしなど、どの班も複数の種類の山菜を採ってセンターへと帰って来た。そして、それらの山菜は、定番の天ぷらだけでなく、金平やお浸し、お味噌汁や炊き込みごはんなど、様々なメニューへと変身していった。天ぷらをあげた後は、デザートのヨモギドーナツを作り、揚げたてを笑顔でほおばる子どもたちの姿も。どの班も、人間関係を築きながら、楽しい雰囲気に包まれていた。 (S)

2019.4.30

人・言葉『土台』

『青ちゃん、それってズルくないですか?』と1人の修園生が述べると、周りの修園生たちも一様に首を縦に振りながら頷いた。

先日、新潟県十日町市浦田(旧松之山町浦田)にて、私が33年前より10年間、指導者として勤務した松之山学園の同窓会が開かれた。現在、学園は閉園となってしまったが、旧センターにて1泊し、地元の同級生たちも大勢集まって、懐かしいひと時を過ごした。修園生それぞれ40の齢前後、伴侶や二世を連れての参加も多く、それぞれ人生の時の経過を感じさせるものだった。夕食のBBQや興にのって太鼓や踊りをしたりと、お腹を抱えるほど笑い、楽しい時間が過ぎた。そして夜半になって、センターの食堂に修園生が集まり、一献を傾けながら語り合った。そして子育て中の1人の修園生が、学園生時代を振り返りながら問いかけてきた。「青ちゃんはあの時、どんな思いを持って私たちに接していたのですか」と。

その質問に対して、30年前を振り返ってみた。右も左もわからない20代の青年が、何の実践経験も持たず、20人近くの子どもたちの中に飛び込んだのだ。あるのは育てる会の教育理念を表したチャート図と、創設者が綴った書物のみ。会の目指す子どもの理想像『それぞれの目的をもって嬉々として生きている子ども』を構築する、子どもの中に形成を期待される『六つの力』(詩情力、工夫力、個性力、共存力、行動力、心の安定力)。そしてその力を培う体験は何なのか?日々子どもたちの命と生活しながら、いかに多様な体験環境を整えてあげられるのか?そればかりを模索する毎日だったと思う。そして何より自分を苦しめたのは、指導者像として『子どもの中に、自主的・主体的行動の芽生えが醸成されるのを待ち、多彩な体験活動により、それが1人歩きするのを助成する』という『待ちの姿勢』で子どもたちを見守ることだった。日々の生活や体験活動において、個や集団に対して、敢えて失敗体験をさせること、課題・目的に対して主体的に取り組む中で、いかに体験の幅を広げられるかなど、常に子どもを中心に据えて『待ちの姿勢』で子どもたちに接し、自分の課題としていたように思う。

 その頃の自分は若さ故か、後ろも左右も見ずに、実践の振り返りさえもまともにせずに、ただ前だけを見つめて衝動的に動いていたように思う。今思えば、当時の保護者の皆さんは、がむしゃらな若い指導者に子どもの命を預け、さぞかし心許ない思いをされたのではないかと思うのだ。もしやすると、私自身に対して一番『待ちの姿勢』でいて頂けたのが保護者の皆さんだったのかもしれない。

 そんな若年時代を過ごした松之山の十年間。私と共に過ごした子どもたちは、どんな姿で生活していたのか・・。世界有数の豪雪地と知られる厳しい自然の中での暮らし、溢れるばかりに子どもたちに注がれる生活の知恵、四季折々の自然体験や農作業、太鼓や踊りの表現活動など、体力的にも精神的にも、滾るような毎日を送る1年間だったように思うのだ。そしてその滾るような体験は、一生の宝でもあり、山留後の本人を悩ませるものでもあるようだ。

 私は『生きる力』とは『与えられた環境の中で、いかに自分らしく課題をもち、楽しく生活する力』だと思っている。学園を巣立って行った子どもたちは、一般的な学校に進む子、オルタナティブな学校に進む子、海外に出る子などそれぞれであった。しかしどのような環境に身を投じたとしても、松之山で過ごした数年の体験は、『君たちの個性・特性を含めた人格の土台となっていると思う』と当時の思いを語りながら修園生の問いに答えた。

 そして『でもね、青ちゃん。今でも、あの時の滾るような体験を求めて生きてると感じる時があるんだ。これって結構大変』『あんなたくさんの体験をさせておいて、修園したら、あとは各自で頑張って!なんてちょっとズルくないですか?』

目の前にいる40齢前後の修園生たちは、それぞれの人生を心から謳歌しながら生きている様に感じた。

​2019.1.12

『継続・退園』

新年明けましておめでとうございます。年内に降った雪は根雪になり、センターの周りも白銀の世界になりました。冬休みに入る学園生の帰省と入れ替わりに、短期行事の子どもたちが、大勢大岡を訪れ『幼児低学年班』『山村生活班』ともに、雪遊びや農家生活など、予定通りの活動を無事終了することができました。

お家で年越しをしてきた学園生は元気にセンターに集合し、大岡の凛とした寒さと、雪の多さに驚きながら、3学期の生活がスタートしました。これから修園まで2か月半となりますが、子どもたち1人1人が、1年間の留学生活の仕上げと、次年度に向けて継続か自宅に戻るかを決めていく、重要な時間を過ごしていく時間となります。学園では決して大袈裟ではない人生の岐路として、この継続・退園を決めていく過程を体験と捉え大切にしています。指導者からも『簡単には残れないし、簡単には帰れない』と話し、1年間の留学生活の振り返りと、そこから子ども1人1人が紡ぎ出す次年度の課題を、保護者の方々と共有し方向を決めていきます。そして継続・退園どちらにせよ、新年度を迎えた新しい環境の中で子どもたちは、この深く掘り下げた体験を土台に、新たなスタートを力強くすることができるのです。

最近子どもたちの会話で『1年間ってあっという間なんだね』という言葉をよく耳にするようになりました。大岡の大自然の中で暮らし、1年間をふり返る中で、楽しい事や辛い事が、ギュッと詰まった時間として、その言葉に表れているのかもしれません。指導者としても修園までの子どもたちとの時間を真摯に受け止め、共に過ごしていきたいと思います。  (A)

2018.12.10

『昔ながらの味』

 夏が終わり、秋も過ぎて、毎日のように畑で採って食べていたトマトやなす、ピーマンが終わり、葉物の野菜が主流になってきました。いま、食卓によく登場する野菜は小松菜やキャベツ、白菜や大根です。今年も地域の農家さんから野菜を購入させてもらいました。とても立派な大きさの白菜とキャベツです。今年はにんじんも譲っていただきました。お皿の上が葉物の緑色になるこの時期、私は彩りに、にんじんを多く使います。譲っていただいたにんじんは、お店で買ってくるにんじんよりも一回りほど大きくて、色はもちろん味が本当に濃いのです。小さな一切れでもにんじんの味が口に広がります。以前、大岡に来て苦手な野菜が食べられるようになった子がたくさんいると書いたことがありますが、農家さん曰く「このにんじんは昔ながらのにんじんだから、風味が強くて少し青臭さがある。だから、にんじんが苦手な子にはちょっと辛いかもしれない。」とのことでした。確かに、本当ににんじんの味が苦手だという子には、少し青臭いにんじんの味がとても感じらる味の濃さは、辛いかもしれません。

 口が曲がりそうなほど酸っぱいミカンが改良されて甘くなっているのと同じように、野菜も品種改良がされて食べやすくなっているようです。

私が山村留学をしていた中学時代に食べていたにんじんはこのにんじんの味でした。私は自宅でも、おやつに野菜をかじっていたような子どもだったので、このにんじんが好きでした。そのため、譲っていただいたにんじんを最初に食事に出した時は、とても懐かしい気持ちになりました。

品種改良の技術もその努力もとても素晴らしい事ですし、そんな研究をしてくれている人がいるから食べられるようになった食材もたくさんあります。でも、この味の濃いにんじんは、なくならないでほしいなと感じます。 (M)

2018.11.4

『伝えたいことは』

 私にとって、子ども達と過ごす時間の中で、かけがえのない時間の一つが、朝のつどいの時間だ。平日は毎朝六時過ぎに外へ出て、ラジオ体操と北アルプスに向かってお腹の底からやまびこ挨拶、そして、自然に関するお話。十分にも満たない僅かな時間だが、一年間を通して毎日繰り返すこの時間は、山村留学の中できっと大きな意味を持つ時間だろう。

十一月に入ると、この時間帯はぼんやりと薄暗く、空気が冷たく感じられる日も多くなった。これからさらに日が短く、そして、北アルプスに雪が降り、日毎に白く美しくなっていく姿を眺めながら、季節の移り変わりを感じていくことになるだろう。

私は元来人前で話をすることが得意ではないのだが、秘かに「機会があれば、もっと話したい」と、楽しみながら話しているのが、この朝のつどいのお話だ。

豊かな自然の中で生活をしていると、不思議なもの、面白いもの、綺麗なもの、今しかないものなど、子ども達に声を大きくして紹介したいものが沢山ある。まだ眠そうな、そして中にはあまり興味の無さそうな子ども達の目が少しでも輝いてくれたら、そして、この話が子ども達の心の奥底に染み込んでくれたらと願いながら、毎朝話をしている。しかし、本当に上手く話せたと感じた話は、この九年間で一体何回あっただろう…

思い返すと、育てる会に入職したての頃は、一体どんな話が子ども達に強い刺激を与え、身の周りの自然へと目が向くのだろう?どんな内容が興味を惹きたてやすいのだろう?五感に訴えるためにはどんな工夫が必要なのだろう?と、様々な疑問が常に頭の一部に浮かんでいた。そして、一日の中で決して少なくはない時間を、センターの犬と散歩をしながら、朝のつどいのお話のねた探しに費やしていたものだった。 (S)

2018.10.2

『獣害』

 センターで管理している圃場は三反五畝。子どもたちが取り組む一人一畝百姓の畑も含まれますが、それ以外に味噌用の大豆や小麦、初夏から晩秋にかけては、多彩な野菜を育てて、センターの食卓を豊かにしてくれています。

 今年も来年度の味噌仕込みで使用する大豆を、一反ほどの畑に子どもたちと蒔いたのですが、一カ月ほどして芽が出たところを、鹿に殆ど食べられてしまい、呆然と子どもたちと畑を眺めながら、獣除けの鉄柵さえも乗り越えてきた鹿の獣害について考えたことがありました。それでも気を取り直して畑を耕し直し、もう一度大豆の種を蒔き、鉄柵の上にさらに針金を張って万全の鹿よけ対策をして、芽が出るのを子どもたちと待ちました。しかし、二週間が経っても芽があまり出ず、おかしいと思っていたら、次はなんと山鳩が何羽も畑に降り立ち、大豆の種を掘り返して食べていたのです。こんなことは初めての出来事で、すでに時期も遅く大豆を再度蒔くことはできませんでした。

そして今度は一二〇本ほど植えたサツマイモも、二学期になって全て猪に掘り返されて食べられてしまいました。収穫前に子どもたちも、焼き芋や干し芋にして食べるのを楽しみにしていたので、とてもがっかりしていました。

先日地域のお年寄りから『おらは米も畑も、みな獣にやられてしまうからもうやめた』という言葉を聞いて、私も寂しい気持ちになっていましたが、実際に自分達も獣害にあってみると、その気持ちも痛いほど理解できました。

 過疎化によって山の手入れがされず、自然界と人里との境界線が無くなることにより、獣害が増えてきたという話も聞きました。

 荒らされた畑に残る猪や鹿の足跡を見て、子どもたちは何を感じたでしょうか。農業の大変さはもちろんの事、昔の自然に寄り添った循環型山里生活の仕組みや大切さなど、今回の獣害を通して、ただ『被害にあった』だけで終わらせずに、体験材として捉えて、子どもたちに伝えていければと思っています。 (A)

2018.8.1

『学園生は今…』

 夏休みも半ばを過ぎ、赤とんぼが飛び、少しずつ秋の気配が漂い始めました。全国から集まった子ども達、そしてリーダー・スタッフさんと一緒に賑やかに短期活動を行なっている最中ですが、ふとした瞬間に、学園生の皆はどんな夏休みを過ごしているのかな?と思いを馳せることがあります。

 夏休み前、七月に入り、一学期の終わりが近づいてくると、夏休みの話題で盛り上がることが増えてきますが、その中でも頻繁に話題に挙がる内容の一つが、帰省の方法についてです。大岡ひじり学園では、学期の節目の長期休暇に実家へ帰ることも活動の一環として捉えています。そのため、大岡から実家まで帰る道順や必要となる経費までをも、自分で時刻表を繰っては調べ、自分で決めた計画に沿って帰省します。

 さらに、二年以上の継続をしている子ども達はなんと、実家に帰る途中に寄り道ができるというルールがあります。一年目の子ども達は一番短いルートで帰る事になっているので、多くの子ども達が新幹線に乗って最寄り駅に向かう中、継続園生達は、テーマを決めて自分の行きたい場所へと行くことができるのです。

 ただ、自分一人で駅の窓口で切符を購入し、新幹線に乗って実家の最寄り駅に帰るということだけでも、特に小学生の子ども達にとっては十分冒険。「家(あるいは最寄り駅)まで帰られるかな…」と不安そうにしている子もいれば、「どこで何をして帰ろう?」とわくわくしている子もおり、それぞれの個性を感じる場面です。

 今年度山留二年目のある子は、「お城を見て帰りたい!」と小諸城を見学して帰省。秘かに心配されつつ、予定よりも遅れながらも何とか自分で家まで帰ることができました。他にも、早朝に出発して上田まで歩いた子、他の町に住む友達の家に泊めてもらいながら、ずいぶんと遠回りをして帰った子など、寄り道も楽しみながら帰った学園生達。(S)

 

2018.7.3

『農と食育』

 「ただいまー畑の草刈り行ってくるね!」「今日、学校行く前に畑に水あげたほうがいい?」

 1人1畝百姓の活動が始まってからというもの、子どもたちは自分の畑が気になってしょうがない。牛糞堆肥を撒く土作りから始めて、作付計画、苗作り、畝立て、マルチかけと、苗を植えるまでにもたくさんの準備作業を経て、ようやく自分の畑を持てたのだから無理もない。苗を植えてからも、繰り返し出てくる雑草との戦い、追肥、芽掻きなどの作業が続く。それでも、いや、それだからこそ初めて収穫した時の喜びや、食べた時の感動があるのだと思う。

「もう二十日大根たべてもいいよね」「この小松菜の間引き菜夕食に使って下さい!」と最近はポツポツと収穫物をセンターの厨房に持ってくる子も増えてきた。食育指導者はたとえメニューが決まっていたとしても、「ありがとう!今日食べようね!」と食材とメニューの変更をしてでも、差し入れ野菜が、その日のうちに食卓にあがるように調理する。食事前には指導者から「今日のメニューの二十日大根と小松菜は~君と~さんからの差し入れです!」と紹介をする。皆からは「ありがとう!すごく美味しいよ」と声がかかり、差し入れをした子はご満悦である。

「山村留学をすると、ほとんど好き嫌いは無くなり、何でもおいしく食べられるようになります」と、私は次年度募集の学園説明会で参加した親子に話をします。まぁ例外はあるけれど、1日6~10kmも歩いてセンターに帰って来て、「あ~お腹空いた!」という状態で食事に向き合い、土作りから始めた、安全採りたての、想いのこもった食材が目の前にあれば、集団心理も働いて、食わず嫌いだったものも「美味しいかも!」に変化してくのは当たり前のことなのである。 (A)

2018.5.30

6月に入り、日が長くなりました。朝晩はまだ冷えますが日中は暖かく、だんだんと夏が近づいてきました。畑のシーズンの始まりです。

私自身、昨年はあまり畑作業に出る余裕がなかったので、今年こそは畑に力を入れていきたいです。

以前の育てる誌に、漬け物について書きました。長野と言えば「漬物!」食事のときにはもちろん、お茶請けにも必ず登場する漬け物。昨年の秋にたくあん漬けを教わりました。漬け方もいろんなやり方があるし、同じ漬け方でも大根の種類によって味が違って、とても興味深いです。今年は畑で採れた野菜でお漬物を沢山漬けたいと思っています。ぬか漬けやからし漬け、昨年の学園生に人気だったカレーピクルス。漬け物に定義はない、とのことなので、色々挑戦してみようと思います。ちなみに今一番気になっているのは青トマトの漬物です。

先日、全体の活動として梅干しづくりを子ども達と開始しました。(梅は頂いてきたものなのでセンターで作ったものではありませんが)昨年度は青いままの硬い梅を漬けたのでカリカリ梅になりました。今年はぽたぽたで柔らかい梅を漬けるために、黄色く熟させてから漬け始めました。現在は塩漬けにしている状態です。柔らかい梅なので、まだ干していないのにもう梅干しの様な見た目になっています。昨年とは漬かり具合も違って面白いです。継続園生で希望する子は「はちみつ漬け」にも挑戦してみる予定です。みんなで出来た梅を食べ比べるのが今から楽しみです。

農家さんのように出来れば漬け物や梅干しを毎食出せればいいなと思っています。 (M)

2018.6.26

『体験としての学び』

今回の農家期間中に、私は福岡へイカ釣り体験に行ってきました。私にとって、初めてのイカ釣り!

漁船に乗せてもらうのも初めてでしたが、北九州に行くこと自体も初めての体験でした。

イカ釣りは台風の影響で、船が出せないかもしれないと聞いていましたが、予定通り出航できました。漁船は私が学園生の頃に活動で乗った佐渡行のフェリーの様な穏やかな感じではなく、波を突破しているんだ!という感じの揺れで、立っていると転がり落ちてしまいそうでした。

沖につくと大きな電球の漁火を点けてイカの好物の魚たちを呼び寄せます。鶏ささみを巻き付けたルアーを釣り竿にいくつか付けて釣り糸が絡まってしまわないよう海に落としていきます。自動で巻いている間に引っ張られたら手巻きで釣り上げるのですが、イカもなかなか力が強くて、釣れるたびに歓声を上げていました。今年はイカが少ないらしく、思ったより釣れていないとのことでしたが、こんな体験は初めてだったので、私は大満足でした。次の日、釣ったイカを天ぷらにして食べさせてもらいました。柔らかくて本当に美味しかったです。

今回の旅行で、九州の醤油が甘かったり、魚を糠漬けにしたりと、長野とはまた違う、いろいろな食文化に触れることができて、とても勉強になりました。

センター入りに合わせて、今回釣ったイカを送っていただいて、子ども達に新鮮なイカを天ぷらにして出しました。柔らかいイカをみんな美味しそうに食べてくれました。実際に一番大きい凍ったままのイカを見せながら、さばいて出てきた軟骨を見せたり、日本で生息するイカをホワイトボードに書き出したりして、子ども達は興味深く話を聞いてくれました。

普段、各地の食文化を子ども達に伝えていますが、実際にその地に訪れて、自分が体験してきたことを伝えられるのはとても素晴らしい事だと感じました。私自身、まだ知らないことがたくさんあるので、長野だけなく各地の食文化ももっと勉強していきたいです。    (M)

2018.5.25

『内発する欲求の芽生え』

この時期、センターから眺めるアルプスの山肌に浮き上がる雪形。爺ヶ岳→種蒔き爺さん、鹿島槍ヶ岳→鶴と獅子、白馬岳→代かき馬、長年それぞれの雪形をみて農民は農事を始めたそうです。

今年度学園は20期生を迎えました。学園生16名、内訳は小・中学生各8名、男子9名・女子7名となりました。新規入園者は4名で継続園生が10名、小学校時代に在籍して一度自宅に戻り、再度中学生になって復園した子が2名ということで、12名が学園を良く知る継続園生なので、入園間もなくから、スムーズに集団生活が回り始めました。それでも入園当初は、長距離の徒歩通学や配膳・掃除・洗濯など自分でやらなければならないことが多くて、疲れがたまってしまう子もいましたが、ようやく生活にも慣れて体力もつき、余裕を持って生活できるようになってきました。当初は子どもたちから『何をすればいいの?』という受動的な言葉が多く聞かれていましたが、最近は『~してもいい?』という能動的な言葉が多く聞かれるようになってきました。

これは、自然に囲まれた豊かな環境で、無尽蔵に垂れ流されていたテレビや漫画、ゲームの情報からから離れ、規則正しい生活を送る中で、個々の子どもたちから内発する、欲求の芽生えがあるからなのでしょう。この姿こそが山村留学が目指す子ども像の第一歩であると私は思っています。

四季折々の素晴らしい大岡の自然の中で、16名の子どもたちがどのように自分の内発する欲求を広げていくのか、これから指導者として見守り、支援をしていきたいと思います。  (A)

2018.4.28

『抱負』

 山村留学の指導員という仕事に関して、「なぜこの仕事をしているの?」と尋ねられたり、あるいは自ら紹介をしたりする場面が多々ある。私は小さな頃から自然が好きで、自然に関わる、特に自然の面白さや良さ等を伝えることのできる仕事に就きたいなぁと漠然と思っていた。就職活動中に、偶然育てる会を知り、現在もお世話になっているのだ。という話を繰り返しているのだが、「私は今、本当に自分の目標に近づけているのだろうか。」と、ふと立ち止まり、考えることがある。

 もちろん、学園生の暮らす山村留学センターのある場所は、自然豊かな場所なので、普段の生活、特に学校への登下校、田畑の作業を含む週末の様々な野外活動等を通して、子ども達は思う存分自然を満喫できる。そして、誰に教えられるわけでもなく、自らの五感を使って、自然で遊び、感じ、季節の移り変わりを体感することができる。このような体験を子ども時代にできるということは、何物にも代えがたい貴重な体験であるということは、間違いないはずだ。

 「信州は四季の移り変わりが豊かなんです。」大岡ひじり学園第二十二期の入園のつどいの中で、来園された青木先生が子ども達にそう語りかけた。確かにそうだ、昨年度初めて大岡で過ごした一年の間に、私も信州の四季の移り変わりを目の当たりにし、感動すると同時に大好きになった。また、四季の移り変わりだけではなく、北アルプスの美しさに見とれ、いつかあの山々の頂に自分の足で登り、そこからの景色を見てみたい、この地域に生きる生き物について少しでも知りたい、そして子ども達へそれらをフィードバックしていきたい。信州の自然にふれ、そう感じた大岡での一年目。続く二年目は、私に何ができるのかを模索し、少しでも何かを実現させる年にしていきたいと思う。

 二十二期生の大岡での新生活が始まって約一週間。それぞれの目標を胸に集まった合計十五名の子ども達が、これからどのような集団を作っていくのか、どのような成長を遂げていくのか、とても楽しみだ。  (S)

 

2018.1.20

『友達以上兄弟未満?』

  暦では立春ですが、大岡は毎朝マイナス10℃前後の日が続き、春を待ち遠しく感じる今日この頃です。子どもたちは寒さに負けず、スキー活動に熱中しています。

この21期生の生活も、あと一ヶ月余りとなりました。4月当初は全国から集まった異年齢の子どもたちが、一つ屋根の下で集団寝食生活を始め、バラバラだった人間関係も、他人や年下を思いやる、兄弟の様な関係になりました。今では修園での別れを想像しながら時間を過ごしています。

学園の体験項目の中で、集団寝食体験・擬兄弟姉妹体験の項目がありますが、これは山村留学の体験項目の中で、とても大きな意味を成すものです。センターでの大人数での寝食の体験、そして農家に2人~3人でお世話になる擬兄弟姉妹の体験と、大小のコミュニティーの中で、一年間をかけて子どもたちにこの体験が醸成されていきます。

自宅にいる時は一人っ子や2~3人の兄弟を持っていた子も、山留にきて、体験した事もない兄姉弟妹ができることで、他者や年下の子への思いやりの力、自己を主張すること、我慢することなど、子ども社会の中で自分のあり様を学んでいく大きな場となり、それがコミュニケーション能力として昇華していくのでしょう。

修園していく子どもたちから『山村留学生どうしの関係って友達以上、兄弟未満だね!いや、兄弟以上かも!』という会話が良く聞かれます。確かに言い得て妙だなと感じます。1学期のミーティングでは、色々な決め事を多数決で決めることが多かった子どもたちも、この時期になると多数決をとるよりも、少数意見に耳を傾けたり、年下の意見と力量を考えて、じっくりと話し合いで答えを導いていくミーティングに変化をしてきました。きっとそれだけ一年間をかけて、人間関係を構築してきた証拠なのでしょう。

『皆と修園での別れを想像しただけで涙が出てくるよ』そんな言葉が聞かれる毎日ですが、目に見えぬ体験と成長とは、正にこの様なことを言うのかもしれません。   (A)

2018.12.10

『収穫祭』

 今年度最初の農作業は、きのこの植菌だった。四月上旬の冷たい小雨の中、ぎこちない表情で駒を打っていた子ども達の姿が目に浮かぶ。その後、雪が残る北アルプスを背に、畑に肥料をまき、ポットに種子を植え、苗を育て、夏野菜を作った。子ども達で管理をする畑には次第に草が茂り、畑へ足が向かなくなる子もちらほら。じゃがいもや大豆畑も草刈りや土寄せが間に合わず、大変なことに…

 田んぼでは、もち米とうるち米の両方の稲作を、昔ながらの手作業と機械を使いながら体験した。なぜが週末になると雨が降り、結局どろどろの田んぼの中で行った稲刈りと何とか行った脱穀。改めて、農作業は天候次第だと思い知らされた秋だった。

 大岡ひじり学園では、活動の中で、農作業の占める割合が高い。暑い日も寒い日も、終わるまで皆のために働く、そんな作業を繰り返した。四月当初は何をすればいいのか分からず、すぐに休憩していた子どもたちも、次第に慣れ、弱音も吐かず、最後まで作業に取り組むようになっていった。それだからこそ、収穫の時は嬉しいし、美味しさもひとしおだった。

そのような体験を通してこそ、農作物の収穫を喜び、大岡という自然豊かな環境や山村留学でお世話になっている方々への感謝の気持ちを素直に持ち、十一月下旬に行なった収穫祭の準備に、皆で取り組むことができたのだろう。

発表会の行われた一日目、バザーの行われた二日目と、収穫祭当日は、大勢の方に足を運んでいただいた。これまで練習してきた様々な発表を見ていただくことで、子ども達は感謝の気持ちを表すと共に、沢山の物をいただいたに違いない。特に二日目は、センターから運行したバスを利用して、足を運んでくださった地域の方も大勢いらっしゃった。会場は温かな雰囲気に包まれ、子ども達も、改めて色々な方に支えられていると実感した二日間となったはずだ。

収穫祭を終えて、次の節目はおそらく修園。子ども達は、「修園までに〇〇もしたい」と、前に目が向いている。どんな修園になるか楽しみだ。      (M)

2017.10.5

『味覚の秋』

 夏の間、雲やもやに隠れてほとんど見ることのできなかった北アルプスの姿が、また次第に見え始めた。センター周辺の木々の葉は、少しずつ色が変わり始め、気持ちの良い季節がやって来た。

 一年の中でも過ごしやすいこの季節、何と言っても楽しみなのが、旬を迎える美味しい食べ物たちだ。実は、子どもの頃から、秋特有の気持ちの良い青空が広がって、田んぼが金色に輝き始めると、また食べ物のおいしい季節がやってきたと、どこかわくわくした気持ちになった。

 私の母は料理が好きで、季節の味を楽しもう、おいしいごはんを食べようと、秋になると、さんまを焼き、栗やサツマイモで炊き込みご飯を炊き、食後のデザートには梨や柿をむいてくれていた。学校から帰って来て、玄関のドアを開けた瞬間、さつまいもとおもちを蒸して、練り合わせた、「ねったくり」という宮崎の郷土お菓子の香りがする日には、温かく幸せな気持ちになった。今振り返ると、本当に美味しい食べ物や旬の食材の味を子どもたちにも味わわせようとしてくれていたんだなぁと感じる。

 先日、農家さんのお宅で、ゆでた栗をご馳走になった。栗を半分に切って、スプーンですくっていただいていると、子どもの頃も、同じ様にスプーンですくって栗を食べていたことをふと思い出した。

 働き始めて、私が最初に勤務した島根県大田市のセンターにいた時、栗の渋皮煮の魅力に取りつかれた。学園生が、「本当に美味しくて、たまらないんだよ!」と絶賛していた、農家の母さんが作った栗の渋皮煮の味を、どうにか自分でも作ってみたいと願い、栗の季節になると、栗を手に入れて、こつこつ鬼皮を剥き、ことこと煮こんで、年に一度練習していた。今年はまだ作れていないので、近々作ることができるとよいのだが…

 長野は、果物も野菜もすばらしく美味しい。自然のおやつもたくさんある。子どもたちはきっと、今食べている長野の味、旬の味を、大きくなった時にふと思い出すのだろうと思う。   (S) 

2017.8.15

『自然体験』

 7月に入ってからの朝食時、私は天気予報をみて、子どもたちにこう言った。『よし、今日の夜から雨予報で2,3日降り続くから、今日学校から帰ってきたら麦刈りするぞ』。子どもたちは『はーい』と当然のように返事をしてくれた。この麦は大岡の地粉で、前期の20期生の子どもたちが去年の10月に蒔いたもので、霜にやられないように麦踏みをしたり世話をしながら今年度に引継ぎ、収穫の時期を迎えていたのでした。麦は収穫の時期を逸したり、雨に長くあててしまうと穂発芽(穂の状態で発芽してしまう)してしまい、食べられなくなってしまいます。私は天気予報を見て収穫は今日しかないと判断して刈り取りの活動を入れたのでした。

 学園では『自然体験』を柱として、活動を展開しています。さてこの『自然』とは何なのでしょう。ここ大岡には雄大な山や空、森や川が存在していますが、都会にも草木、土、空など自然と呼べるものが存在しています。学園では『自然』の定義を、先程の山や空、森や川はもちろんのこと、それに寄り添って生活をしている山里の人々の営みも『自然』の定義に据えています。どちらかと言うと、その人々の営みの体験に、学園では重きを置いていると言えます。日々の生活の中で、自然を読みとき、対峙することなく、ローインパクトな営みを送ること。元来、日本の山里では当然のように見られたこの営みも、現代では消滅の一途を辿っています。また、現在農業の機械化や里親農家の方々の高齢化等の問題も含めて、山村留学に求められる体験内容の質や幅の変化も敏感に察知し、センターでの活動体験内容を変革していく力量と熱意も指導者に求められていると強く感じます。

学園では1反強の田と、3反5畝の畑を管理し、主食の米や味噌の大豆、小麦、野菜を子どもたちと育て食しています。

子どもたちと『山里の営みを体験すること』これが今の私の一番の課題です。

さて、早速小麦を挽いて、うどん、おやき・・・何を食べようか。    (A)

2017.7.10

『長野と言えば』

 「ねぇねぇ、長野と言えば?」ある日、宿題について話をしていた子どもたちに尋ねられた。私の答えは、ずばり「お花畑」。南国で育った私にとって、長野といえば北アルプスや八ヶ岳といった山岳のイメージが強い。そんな中でも特に、それらの山の夏、高原植物が咲き乱れるお花畑の風景に、強い憧れを持っているのだ。

子どもたちは、長野の農業についての作文を書いたそうで、その中で「長野と言えば…」という文を使ったので、その考えが一般的なのかを確かめるために、周りに尋ねていたそう。私の答えは、子どもたちの期待には沿えなかったようだ。

 私の育った宮崎県の平野部周辺にある森には、一年中緑色の葉が茂る木々が多く生えている。暖かな地方に生える木は、葉の表面をてかてかと光るクチクラという層でコーティングした、長期間使える頑丈な葉をつける。葉が光ることからこれらの木は照葉樹とも言われ、ブロッコリーのようなもこもことした可愛らしい形をしている。照葉樹に覆われた森に足を踏み入れると水分を含んだ土のにおいが漂っていたことを思い出す。照葉樹林内を歩くことは、とても気持ちがよく、楽しかった。

 宮崎、島根、兵庫、そして長野と移動してきた中でも、やはり長野は自然環境が大きく違うなぁと日々感じる。センターが標高の高い場所にあるので当たり前なのだが、生えている木のほとんどは薄くやわらかな緑色の葉を持つ落葉樹で、見慣れないものも随分多い。日々、「これが、図鑑で見ていたあの植物だ!」と、なかなか出会うことのなかった植物に出会っては、小さな感動を味わっている。その様なこともあり、毎朝行っている朝のつどいで話す自然に関するお話では、ついつい植物のことばかり。もっと様々な事象について話したいのは山々なのだけど…

山の上のお花畑に代表されるような珍しい自然や景色にも数多く出会いたいものだが、センターの周辺の自然もまだまだ未知の世界。未知の世界を知りながら、子どもたちと大岡の自然を楽しんでいきたいなぁと思う。  (S)

​2017.6.25

 もし、私が山村留学に出会っていなければきっと子どもと関わる仕事には就いていなかったでしょう。

私は大岡ひじり学園の7⊡8⊡9期の修園生です。中学3年間をこの大岡で過ごしました。私の山留の始まりは決して自発的なものではなく、母が知らない間に申し込み、よく解らないままいやいや入園しました。1年目はやる気なし馴染めない不登校の三拍子で、みんなが授業を受ける中私は1人保健室。そんな時に各地の民俗芸能の練習が始まり私はそれに夢中になりました。太鼓や踊り、一番は三線。指導員が迎えに来るまで気付かず夜中2時頃まで練習をしていました。帰園して練習をするためだけに学校へ行くようになり少しずつ生活が楽しくなりました。2年目でやっと山留のスタートについたと思ったら最高学年になっていて、みんなを引っ張る立場になっていました。中3の時は上手くいかず、毎日指導員の前で反省会をしては泣いていました。振り返ると楽しい事よりも苦しい事の方が多いけれど、毎日は本当に充実していました。あの頃があるから、大抵の事は乗り越えられると思える今の私が居ます。山留中は母が許せなかったけれど、今では無理やりでも山留に出してくれた母に感謝しています。

 修園生ボランティアとして学園生と関わっていたころと、指導員として学園生と関わる今。立場が変わったため、子どもたちとの距離感に悩みつつ、試行錯誤の日々です。山留の経験があるからこそ、継続園生達の21期への思いや上手くいかないもどかしさもよくわかります。しかし21期の山村留学は彼らが創りあげるもの。応援しながらさり気なくヒントを振りまいていますが、それがとても難しく感じます。

私の4年目の山村留学は指導員。今はまだ私自身も自分に余裕を持てずにいるため、これからもっと学園生との時間を作って指導員としての山村留学を楽しんでいきたいです。  (M)

2017.4.5

 大岡ひじり学園第二十一期生の新生活が始まり、まだ一週間もたっていないことに少し驚く。今年度の学園生は、小学校3年生から中学校2年生までの、継続園生四人と新入園生九人、合計十三人。五日の入園後初めての週末には、早速デイキャンプやロープワークを行い、さらには聖山での雪遊びも楽しんだ。慣れない集団生活や学校への登下校、そして約三十項目にのぼる基本的生活習慣についてのミーティング…と、やるべきことが多く、疲れた表情を見せる子もちらほら…それでも、継続園生のお兄ちゃんたちがいろいろなことを教えながら、にぎやかに毎日生活している。

 私自身、三年間お世話になった兵庫県にある神河やまびこ学園から引っ越して来たばかり。小学生ばかりの学園から来たので、子どもたちの様子も、地域性も、様々な事が異なっており、右も左もわからない状態なのは、新入園生の子どもたちと同じ。先輩指導員や継続園生の子どもたちに教えてもらいながら、少しずついろいろなことを覚え、大岡での生活にはやく慣れなければと感じている。

 長野に引っ越す前に、神河でお世話になった方々に挨拶に伺った。受け入れ農家さんをはじめ、たくさんの地域の方々に挨拶をしたかったが、時間が限られ、残念ながら伺えなかった方もいらっしゃった。ようやく顔なじみになり、「今度○○を教えてください!」と、約束だけを残してきた方も多い…

 山村留学に係わっていると、学園生や保護者さん、地域の方々をはじめ、想像以上にたくさんの出会いがある。すごい技術を持っていたり、すてきな魅力を備えた方と出会うことができ、お話を聞いているととても面白い。世の中には本当にいろいろな人がいるのだと改めて実感する。それが、山村留学の一つの魅力だと感じる。

大岡のセンターからはとても美しい北アルプスが見える。初めての東日本での生活にわくわくしながら、大岡の地でも、子どもたちといっしょに様々なことに目をむけて、たくさんの方々と出会い、子どもたちが充実した一年になるようサポートしていきたい。   (S)

2017.1.10

『子どもの声』

 本年もよろしくお願い致します。今年は雪が多いと言われながら迎えた年末の短期行事。雪が降っても中々根雪にはならず、雪国の体験ができるかと心配しましたが、子どもたちの来訪に合わせるかのように山が白くなり、ほっと胸を撫で下ろしました。年が明けて学園生も帰園し、賑やかな声が響いています。

 ここ大岡のセンターが建つ場所は小高い丘で、目前に雄大なアルプスを望む場所です。子どもたちが学校から帰って来ると、遥か彼方からワイワイと子どもたちの歓声が聞こえてきます。その声が聞こえ始めると『お、帰ってきたな』と暖炉に薪をくべ、センターを暖めて子どもたちを迎え入れます。帰ってきた子どもたちは、寒い冬の登下校でかじかんだ手を暖炉にかざして一息つき、学校であったことをお話ししてくれます。

 先日、センターが建つ集落の方々とお話しする機会があり、こんな声を聞いた。『畑にいると挨拶してくれるのが張り合いでね』『遠くから子どもたちの声が聞こえると、子どもたちも頑張って歩いているから、おらももう一仕事精出すかって思うだ』また、受け入れ農家がある集落の方からは、『この集落は子どもの声が聞こえなくなって、何十年もたつが、学園の子どもたちが来てくれたおかげで、賑やかにしてくれてなあ、子どもの声ってのはいいもんだ』

高齢化率が高い大岡では、過疎化や少子化も相まって、子どもの声が聞かれなくなって久しい集落がとても多い。子どもは未来の担い手であり、地域にとっての宝・夢である。それがたとえ、都会から来た留学生であっても変わらない。 

子どもの声が聞こえること、存在すること。そのこと自体が持つエネルギーや影響力はとても大きい。お話を聞きながら、地域の方々から温かく見守られて生活している学園生は本当に幸せであり、もっと地域に根差した活動を、展開すべきだと感じたひとときだった。   (A)

 

2016.9.30

『9月の誕生日会』

 8月が終わると、すっかり涼しくなり、秋の香りが漂う。学園生は、あけびや栗を拾ってくる子がいる。食事では、畑のかぼちゃがおいしい季節。誕生日の人がいる月は、学園生が計画し、誕生日会が行われる。9月は、私も祝ってもらった。会は「それでは誕生日の人が入場します!拍手で迎えましょう!」の合図で、ろうそくが灯された会場に入る。バースデーソングを歌って、乾杯をしたら、一人ひとりから誕生日の人へメッセージが送られる。恒例のこの時間、学園生の素直な思いや言葉にならないものが伝わる。楽しみだけれど、すこしどきどきする。「いつも鰊場音頭の練習をおしえてくれてありがとう。しおりんみたいに踊れるようになりたい」ある子がそう言ってくれたとき、今まで言われたことのなかった言葉、そんな風に見てくれることが嬉しかった。

 またある中学生は「時々いらついて、しおりんに当たってしまってごめん」と。「私もその時、いらっとした反応をしているのに…。」素直に謝る彼にこちらも心の中で「ごめん」とつぶやく。ある子は「しおりんは、いつもやさしくて…うーんと、うーん…」。その子が話し終わるまで、全員が温かい視線で待つ。言葉がでなくても、自分にかけてくれる言葉を考えているその姿だけで、胸がいっぱいになるほど嬉しい。先輩指導員からはこれからの指導者として「子どもの心に寄り添うこと」と「自分でレールを敷いて歩むこと」。その言葉が心に刻まれる。誕生日会は全員が温かい気持ちになる時間。その人に贈るお祝いの言葉は、普段言えないお礼や謝りの言葉、その人へのアドバイス、その人の好さなど。その人と目を合わせ、そのとき思い浮かぶことばが出てくる。伝えるのが上手でなくても、人前で話しが苦手でも、伝えようとする思いがにじむ。これからも大切にしたい、みんなとの時間。  (O)

2016.9.10

9月号通信はじめに』

 2学期が始まり、『ただいま!』という元気な声と共に、大岡に帰ってきた子どもたち。口々に夏休みにあった出来事をお話ししてくれました。そして『やっぱり大岡は涼しくていいね!』『やっぱり大岡は水が美味しいね!』と、都会と大岡との環境の違いにあらためて気付く言葉が多く聞かれました。入園して約6ケ月が過ぎ、子どもたちの五感に、大岡の環境を感じさせる素地ができあがってきた証拠なのでしょう。

 これから大岡は収穫の秋を迎えます。自分たちで育てた田畑の収穫、そして心と身体の収穫を子どもたちは数多く実感することでしょう。9月号、アルプスの丘通信ご覧ください。 (A)

2016.8.30

『成長』

 私は、小学4年生から6年生までの3年間、ここ大岡で山村留学をしていて、今年度から、大岡ひじり学園の食育指導員になりました。

 9年ぶりの大岡での生活は、学園生ではなく、修園生でもない、指導員としての生活。よく知っている場所だけど、知らない場所にいるような不思議な感覚で、不安になることもありました。しかし、大岡の同級生の保護者の方に、偶然会うとみなさん覚えていてくれて「おかえりなさい」と、声をかけ喜んでくれました。そこには、学園生だったころから変わらない大岡の人の、温かさがあり、大岡で山村留学をしていてよかった。またここに戻ってきてよかったと感じています。

 私は、小学生で山村留学をしていた時、中学生の山村留学にすごく憧れを抱いていて6年生の時「どうしても継続したい。中学生の山村留学をしたい。」と母に何度も頼みました。しかし「大岡での生活も3年が経ち中学生になる切りのいい時だから帰ってきなさい。1年家で暮らしてそれでもまた大岡に行きたいと思ったら戻ってもいいよ。」それが、母からの答えでした。私は、大岡に戻ってくることなく、中学時代を地元で過ごしました。そんな話を、小学生の時に大岡にいて今年中学3年生で再び大岡に来た子にすると「どうして戻ってこなかったの?」と聞かれました。自分自身がその事に関して深く考えたことも無くその質問に答える事は出来ませんでした。

 しかし、少し未練を残し山村留学を終えたからこそ、今こうしてここで指導員をしていて、活動1つ1つを学園生に負けない勢いで楽しめているのかもしれないと感じています。

 目標を持ち、親元を離れ大岡で日々成長していく学園生から刺激を受けながら、私も学び、成長していきたいと思っています。             (M)

2016.8.1

『通信8月号はじめに』

 1学期が終了し『いってきまーす!』と挨拶をしてセンターを出発し。帰省をしていった学園生たち。学園では帰省も一つの活動と捉えて、自分1人の力で大岡から自宅に帰省をするようにしています。経路と料金を時刻表で調べて、切符を購入して帰省をします。帰省日の朝には自分の畑の収穫をして、両手にいっぱいお土産を持って大岡を出発し、夜には全員無事に自宅に到着したと連絡がありました。短い夏休みですが、お家の方々とゆっくり休養してきて欲しいものです。センターでは学園生と入れ替わりに、短期の山村留学生が全国から大勢活動にやってきました。最近は短期の活動に参加をして、1年間の山村留学につながる子も多く、受け入れ農家の皆さんのご協力を頂きながら、充実した短期活動にしていきたいと思っています。8月号アルプスの丘通信、ご覧ください。  (A)

2016.7.1

『通信7月号はじめに』

 長雨が続いた時期も、間もなく明けようとしていて、センターの田には青々と天に向かって伸びる稲と、夕方には蛍が舞う姿がみられます。学園生は1学期も終わりに近づき、センター・農家・学校での生活の振り返りをしながら、数日後の帰省を楽しみに待っています。

4月に意を決して、親元を離れて大岡での生活を始めた子どもたち。小学生は約6,4km、中学生は約10kmの徒歩通学を続け、テレビやお小遣いの無い生活、洗濯や食事など自分の力で取り組む生活、人の気持ちを優先して送る集団生活と、体験を主体とする生活を送ってきました。どの子も体力や体つきが変わり、心身共に大きく成長した姿がみられた4カ月間でしたが、きっと目に見えない疲労も溜まっていることでしょう。夏休みにはゆっくりとお家の方と過ごし、エネルギーを満タンにして2学期の生活をスタートさせてほしいと思います。7月号、アルプスの丘通信ご覧ください。 (A)

2016.6.30

『アルプスが見える景色』

センターの前に広がる北アルプスの雪がすっかりとけた。今はわずかに白い筋が残るだけ。学園生は9月に行われる北アルプス登山を楽しみにしながら、日々アルプスを眺めている。

ある日、厨房を手伝ってくださる地域の調理員の方と話していて、「あそこから見える景色は最高だよね、この間もアルプスと下に広がる田んぼがきれいで、思わず車止めて。しばらく見てたのよ。」という言葉が耳に残った。大岡の人にとって、アルプスがきれいに見えるってことは大切なんだろうと感じた。そういえば、畑仕事の手を休める農家の方は、皆アルプスの方を向いて腰をおろしている。

私の実家は県の南信・飯島町。子どものときは家の前にそびえる中央アルプスを見て毎日登校した。日が昇る時間は、太陽の光に照らされて息を飲む美しさ。青い空に緑が映える夏山は思わず登りたくなる。冬の夜は月明りに反射し、山がうっすら浮かび上がっている。当時、そんなアルプスを見て、悩みや迷いはどこかへ飛んで行っていたことを思い出す。今の生活でも、大岡で見える北アルプスがくっきりと青い空に映える日は、センターで過ごすのがもったいない気がする。とにかく外に出たくなる。ずっと見ていたい。

朝、センターでカーテンを開けると、そこにいる学園生は「今日のアルプスはくっきりだね」「今日は、残念ながら雲で見えないね~」とアルプスの存在を口にする。きっと学園生も気分がいい日は仲間と一緒に「今日のアルプスは最高だね~」なんて話しながら登校し、たまに集団生活で悩む日なんかはアルプスに励まされながら一人の時間を味わって登校しているのだろう。

自然の移り変わり、天気の変化、雄大、神聖、美。言葉では表せない、アルプスが見せるものと、その存在の大きさ。毎日アルプスを眺める大岡の暮らしは、豊かで幸せそのもの。    (O)

2016.6.2

『6月号通信はじめに』

 6月初旬になかなか雨が降らず、学園生が毎日水やりをしていた『1人1畝百姓』の畑も、ようやく梅雨入りをして、雨露にあたる野菜苗が生き生きとしてきました。

今回のセンター活動では、『大岡小学校運動会・大岡大運動会』が実施され、学園生の保護者の皆さんも全国から駆けつけ、子どもたちに声援を送り、地域の皆さんと一緒になって競技に参加して汗を流しました。子どもたちを中心に据えて、学校行事に地域全体で関わる今回の運動会は、都会には無い温かみがあり、保護者の皆さんもとても楽しんでいました。
 学園ではこれから初夏を迎えて、夏野菜の収穫やキャンプなどの活動が始まり、子どもたちの歓声が絶えない季節になります。
6月号、アルプスの丘通信ご覧ください。   (A)

2016.5.5

『5月号通信はじめに』

 センターから眺めるアルプスの山々に、農事を知らせる雪形が現れる季節になりました。学園生は入園してから1か月が過ぎ、長い徒歩通学やセンターでの集団生活など、大岡での生活に大分慣れてきました。入園当初は『何をしたらいいの?』という受動的な質問が子どもたちの口から多く聞かれましたが、最近では『~してもいい?』という能動的な言葉が多く発せられるようになってきました。親元を離れた厳しい生活にも慣れてきて、自然豊かな大岡での生活で、内発するエネルギーが湧いてきた証拠なのでしょう。これから子どもたちの歓声が、さらに大岡の山々にこだますることでしょう。 5月号アルプスの丘通信ご覧ください。   (A)

2016.4.27

『内発する欲求の芽生え』

この時期、センターから眺めるアルプスの山肌に浮き上がる雪形。爺ヶ岳→種蒔き爺さん、鹿島槍ヶ岳→鶴と獅子、白馬岳→代かき馬、長年それぞれの雪形をみて農民は農事を始めたそうです。

今年度学園は20期生を迎えました。学園生16名、内訳は小・中学生各8名、男子9名・女子7名となりました。新規入園者は4名で継続園生が10名、小学校時代に在籍して一度自宅に戻り、再度中学生になって復園した子が2名ということで、12名が学園を良く知る継続園生なので、入園間もなくから、スムーズに集団生活が回り始めました。それでも入園当初は、長距離の徒歩通学や配膳・掃除・洗濯など自分でやらなければならないことが多くて、疲れがたまってしまう子もいましたが、ようやく生活にも慣れて体力もつき、余裕を持って生活できるようになってきました。当初は子どもたちから『何をすればいいの?』という受動的な言葉が多く聞かれていましたが、最近は『~してもいい?』という能動的な言葉が多く聞かれるようになってきました。

これは、自然に囲まれた豊かな環境で、無尽蔵に垂れ流されていたテレビや漫画、ゲームの情報からから離れ、規則正しい生活を送る中で、個々の子どもたちから内発する、欲求の芽生えがあるからなのでしょう。この姿こそが山村留学が目指す子ども像の第一歩であると私は思っています。

四季折々の素晴らしい大岡の自然の中で、16名の子どもたちがどのように自分の内発する欲求を広げていくのか、これから指導者として見守り、支援をしていきたいと思います。   (A)

2016.4.4

『4月号通信はじめに』

 三寒四温を繰り返す度に、桜の開花の知らせが、川手から山手に移ろう季節になりました。今年度、全国より学園に入園した山村留学生は16名(小学生8名、中学生8名)になりました。入園して約二週間が過ぎましたが、ホームシックになる子もいず、皆元気に生活しています。これから1年間、四季折々の素晴らしい自然の中で生活し、地域の皆様に見守られながら多くの体験を積み重ね、大岡が心の故郷として、子どもたちの心に根付くことを望みながら、学園を運営して参りたいと思います。

 今年度もこの通信を通じて、子どもたちや学園の様子を、皆様にお伝えしていきたいと思います。 4月号、アルプスの丘通信ご覧ください。  (A)

2016.3.25

『修園のつどい』

つどいでは、学校の先生方、お世話になった農家の方々、長野市行政関係の方々など、たくさんの方に集まっていただいた。『一年間の心の発表』では、それぞれが自分の一年を振り返って綴った作文を発表。最初は小学生が少し緊張した様子で淡々と作文を読み上げる。中学生になると、一年を思い返しながら、しみじみと作文を言葉にする。作文のあとは保護者の謝辞が述べられた。涙ながら山留に来るまでの話や成長した子どもに言葉をかける父と母の姿に、それを見つめる学園生の目にも涙があふれてくる。その様子を見守る来賓の方もポケットからティッシュやハンカチを取り出していた。私は正直、自分の子どもでもない、深く関わりがあったわけでもない、来賓の方にとってはこのつどいの時間がどう映るものなのか、退屈ではないかと思っていた。しかし、ほとんどの方が学園生の作文に耳を傾け、保護者の謝辞を聞き、鼻をすすり、目を赤く染めていた。来賓の方からの祝辞では長野市の教育課長が「あまりに心打たれ、用意してきた挨拶を読めない。」と学園生の作文と保護者の謝辞を聞いて、その場で思ったことをお話しくださった。つづいて山村留学推進委員会の方からの祝辞では、学校の卒業式のようなかっちりとした感じではなく、言葉よりも思いがこみ上げてくるのか、前のめりになり体を上下に揺らしながらの挨拶だった。学園生・保護者・来賓が一体となり、山村留学生の一年間の成長を祝うそんな時間となった。

直会も終わり最後の時間、19期の仲間一人ひとりに言葉をかけて握手をし、学園生は退場していく。修園生の温かい歌に見送られ部屋をあとにした学園生は廊下に座り込んだり、壁にもたれかかったりして、それぞれに泣いていた。一番年下の4年生も中学生の男子も、全員が涙で顔をぐしゃぐしゃにする。感謝と別れを惜しむ気持ちで胸がいっぱいなった。                (O)

2016.1.12
『簡単には・・・』

新年明けましておめでとうございます。 例年にない暖冬と小雪で、冬休みの短期山村留学の子どもたちの活動が危ぶまれましたが、活動前に降雪があり、予定通りの雪の活動をすることができました。 年が明けて、短い冬休みをお家で過ごした学園生が、『ただいま~!』という元気な声と共にセンターに戻ってきました。口々に冬休みの出来事や、これから始まるスキー活動のことなどを話してくれて、残り僅か3か月の山留生活に寄せる思いが、それぞれ伝わってきました。 私は2学期最後のミーティングで、学園生に次年度に向けて、指導者・学園生共に持つべく、心構えについての話をしました。きっと冬休みに帰省をして、次年度についての継続・退園の話題が、家族で出るかもしれないこと。そしてその中で簡単に結論を導いてはいけないこと。指導者としては『君たちを簡単には残さないし、簡単には帰さない』という考えでいることを話しました。次年度継続して留学生活を送るということは、同じ活動の繰り返しである1年間になるので、しっかりとした自己課題を持って臨まないと、享楽的に生活をしてしまいがちになること。そうならないために、1年間の振り返りと、そこから導かれる自己課題を、しっかりと掘り下げて、新年度を迎えることが、とても重要になります。また、退園するということは、自然豊かで人情味溢れるこの大岡の環境で、滾るような生活をしていた学園生にとって、都会の生活に適応することは、そう簡単な事ではないこと。振り返りと課題の掘り下げは継続同様にしっかりとする必要があります。新年度を迎えて『やっぱり継続しておけばよかった』『やっぱり帰ればよかった』という安易な後悔をしないために、これからの3学期は、本人・保護者・指導者が三つ巴になって、振り返りと自己課題を、掘り下げていく作業が始まります。 

         (A)    

2015.9.25

 『犀川漁体験』

 『ねえっ!来て!何か獲れてる!大きい!』川べりで、たこ糸を手繰るその子の先には、40cmを超えるマスが暴れていた。『こっちにも何かかかってる!すごいっ!』川のあちらこちらで、子どもたちの歓声が響いていた。自分の仕掛けを引き上げる時の『ドキドキ・ワクワク』が、こちらにも伝わってくる様だった。

 今回のシルバーウィークでは1年分の薪を用意する親子薪割り活動の他に、『犀川漁体験』という活動を初めて行った。名峰聖山を頂点に扇型に広がる大岡、その足元を流れる信濃川水系の犀川は、昔は日本海から鮭が遡上し、漁業・水運と、大岡の川手地域の生活文化と、切り離せない存在であった。今回はその犀川を活動フィールドにして、地域の方に講師をお願いし、古来からの漁法を教わり、実際に自分たちで魚を獲る活動を行った。前日に犀川に集合して、講師の方から、投網や筒、仕掛け網など、昔から伝わる漁具を見せて頂き、その後『ふて針』という仕掛けを自分で作って、1人ずつ川に仕掛けて、翌朝引き上げに犀川に出かけた。自分の仕掛けをドキドキしながら引き上げる子どもの姿を見て、私は自分で一から漁具を作り、魚を獲るという活動が、ここまで子どもたちの心を躍らせるとは思わなかった。そして自分が子どものころ、散々川に出かけてドキドキしながら罠を仕掛けたり、ヤスで突いたりしたことを思い出した。活動終了後に『ねぇ!次も仕掛けに来ようね!』『次はいつ?』と、子どもたちは目を輝かせながら私に言ってきた。

 学園の指導体験群の中に『狩猟体験』があるが、まさしくこの活動があてはまる。今回初めて行った活動であったが、この様な体験活動が、まだまだ大岡には数多く眠っていて、掘り起こしていく必要があると子どもたちの姿を見て痛感した。    (A)

2015.9.2
たまり場

 2学期に入り、最初の行事は『ゆめっこまつり』でした。この祭りは十一年前より始まり、地元児童生徒保護者を巻き込んで、祭りを創り上げる活動です。今回も五十人近くの修園生やボランティア、修園生保護者の皆さんが参集し、祭りを大いに盛り上げて下さり、成功裏に終わることができました。お手伝い頂いた皆様、本当に有難うございました。 ひじり学園では修園生保護者・修園生・ボランティアの皆さんが、収穫祭や修園、薪割りなどの大きな活動に、お声掛けをすると、全国から数十名の方が駆けつけて下さり、学園行事を盛り立ててくれます。私はどうして多くの皆さんが、毎回、学園に集まって下さるのかを、よく考えます。それは学園生を中心にして、その成長を願い、支援する気持ちの集合体だからだと思うのですが、それ以外にも、旧知の仲に会える、大岡を訪れると素でいられる、安心感がある等、それぞれの思いがあって、集まっているように感じます。 私は大岡に赴任した時に、いずれセンターをいろんな方々の、たまり場にしたいと思いました。それは、最近の若者たちが、気軽に集い、語らい、安心感を持てる場所、要するにたまり場的要素を持った空間を、必要としているように思ったからでした。 私が高校生の頃、たまり場といえば東京国分寺の片隅にあった、ジャズ喫茶でした。当時は簡単に買えなかった、有名プレイヤーのLPレコードをリクエストしたりと、一杯のアイスコーヒーで数時間も滞在し、ほぼ毎日学校帰りに、その空間に顔を出していた時期がありました。そしてその空間は、必ず数人の友達がいて、他愛もない会話を交わし、なかなか将来を見据えられない時期に、緩やかな連帯と安堵感のある、たまり場と言うに相応しい場所だったと思います。きっと、そこから少しのエネルギーを貰い、日々の気持ちのリセットをしていたのでしょう。 十八年目のセンターにはLPレコードも、アイスコーヒーもありませんが、素晴らしい自然と、何より、中心にいる学園生の成長と、その成長を見守る笑顔の集合体が存在しています。たまり場になれたかな。            (A)

2015.6.25

『何をすればいいの』から『~してもいい?』へ

 入梅をしてからというもの、時折晴れ間をのぞかせながらも、ほぼ毎日降る雨に、畑の土も乾かず、子どもたちは自分の畑の管理に苦労しています。それでも一雨ごとに背丈が伸び、花を咲かせ実をつける野菜たちを見ては、『収穫まだかな?』と収穫を心待ちにしているようです。

19期生の生活も3か月が過ぎ、入園当初の緊張感も消えて、子どもたちは、とても落ち着いて生活をしています。長距離の徒歩通学などの身体的疲労も無くなり、健康的な生活の中で体力もつき、精神的な余裕を生み出す土台となっているようです。

4月から5月は、新たな山留生活の中で、親元を離れること、集団に自分を合わせていくこと、基本的生活習慣の定着や、センターでの活動など、子どもたちにとっては、全てが初めての体験で、精神的にも余裕が無く、日々の生活の中で『次は何をすればいいの?』という言葉が聞かれ、受動的に動く姿が多くありました。しかし

6月に入ってからは、子どもたちからは『畑に~植えてもいい?』『外で~してもいい?』『三味線早く練習したい!』というような、心から内発する、能動的言動がとても多くみられるようになってきました。きっと基本的生活習慣が身につき始め、普段の生活の中で時計(時間)を見ながら行動し、時間的余裕と精神的余裕が生まれてきたからなのでしょう。

最近指導者として感ずる大切なことは、受動的活動期に『~しよう!』『~をしてみたら?』と言うように無理に刺激を与えず、個々の教育環境を整え、能動期に移行するのをひたすら待つこと。そして子どもから、能動的言動を見い出したならば、次なる自己課題を発見できる様な教育環境をさらに整えてあげること。環境の中で。子どもが第一歩を踏み出す力を信じ、待ち続けることが、指導者には一番求められるように思います。

そして、これから2学期を迎えるころには、子どもたちから『~できたよ!』『~失敗しちゃった!』など、結果を表す言葉が、多く聞かれるようになるでしょう。

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