*指導者のコラム

 学園指導者が日々の暮らしの中で感じたことを綴ります。また、学園通信巻頭言も掲載していきます。

2018.6.26

『体験としての学び』

今回の農家期間中に、私は福岡へイカ釣り体験に行ってきました。私にとって、初めてのイカ釣り!

漁船に乗せてもらうのも初めてでしたが、北九州に行くこと自体も初めての体験でした。

イカ釣りは台風の影響で、船が出せないかもしれないと聞いていましたが、予定通り出航できました。漁船は私が学園生の頃に活動で乗った佐渡行のフェリーの様な穏やかな感じではなく、波を突破しているんだ!という感じの揺れで、立っていると転がり落ちてしまいそうでした。

沖につくと大きな電球の漁火を点けてイカの好物の魚たちを呼び寄せます。鶏ささみを巻き付けたルアーを釣り竿にいくつか付けて釣り糸が絡まってしまわないよう海に落としていきます。自動で巻いている間に引っ張られたら手巻きで釣り上げるのですが、イカもなかなか力が強くて、釣れるたびに歓声を上げていました。今年はイカが少ないらしく、思ったより釣れていないとのことでしたが、こんな体験は初めてだったので、私は大満足でした。次の日、釣ったイカを天ぷらにして食べさせてもらいました。柔らかくて本当に美味しかったです。

今回の旅行で、九州の醤油が甘かったり、魚を糠漬けにしたりと、長野とはまた違う、いろいろな食文化に触れることができて、とても勉強になりました。

センター入りに合わせて、今回釣ったイカを送っていただいて、子ども達に新鮮なイカを天ぷらにして出しました。柔らかいイカをみんな美味しそうに食べてくれました。実際に一番大きい凍ったままのイカを見せながら、さばいて出てきた軟骨を見せたり、日本で生息するイカをホワイトボードに書き出したりして、子ども達は興味深く話を聞いてくれました。

普段、各地の食文化を子ども達に伝えていますが、実際にその地に訪れて、自分が体験してきたことを伝えられるのはとても素晴らしい事だと感じました。私自身、まだ知らないことがたくさんあるので、長野だけなく各地の食文化ももっと勉強していきたいです。    (M)

2018.5.25

『内発する欲求の芽生え』

この時期、センターから眺めるアルプスの山肌に浮き上がる雪形。爺ヶ岳→種蒔き爺さん、鹿島槍ヶ岳→鶴と獅子、白馬岳→代かき馬、長年それぞれの雪形をみて農民は農事を始めたそうです。

今年度学園は20期生を迎えました。学園生16名、内訳は小・中学生各8名、男子9名・女子7名となりました。新規入園者は4名で継続園生が10名、小学校時代に在籍して一度自宅に戻り、再度中学生になって復園した子が2名ということで、12名が学園を良く知る継続園生なので、入園間もなくから、スムーズに集団生活が回り始めました。それでも入園当初は、長距離の徒歩通学や配膳・掃除・洗濯など自分でやらなければならないことが多くて、疲れがたまってしまう子もいましたが、ようやく生活にも慣れて体力もつき、余裕を持って生活できるようになってきました。当初は子どもたちから『何をすればいいの?』という受動的な言葉が多く聞かれていましたが、最近は『~してもいい?』という能動的な言葉が多く聞かれるようになってきました。

これは、自然に囲まれた豊かな環境で、無尽蔵に垂れ流されていたテレビや漫画、ゲームの情報からから離れ、規則正しい生活を送る中で、個々の子どもたちから内発する、欲求の芽生えがあるからなのでしょう。この姿こそが山村留学が目指す子ども像の第一歩であると私は思っています。

四季折々の素晴らしい大岡の自然の中で、16名の子どもたちがどのように自分の内発する欲求を広げていくのか、これから指導者として見守り、支援をしていきたいと思います。  (A)

2018.4.28

『抱負』

 山村留学の指導員という仕事に関して、「なぜこの仕事をしているの?」と尋ねられたり、あるいは自ら紹介をしたりする場面が多々ある。私は小さな頃から自然が好きで、自然に関わる、特に自然の面白さや良さ等を伝えることのできる仕事に就きたいなぁと漠然と思っていた。就職活動中に、偶然育てる会を知り、現在もお世話になっているのだ。という話を繰り返しているのだが、「私は今、本当に自分の目標に近づけているのだろうか。」と、ふと立ち止まり、考えることがある。

 もちろん、学園生の暮らす山村留学センターのある場所は、自然豊かな場所なので、普段の生活、特に学校への登下校、田畑の作業を含む週末の様々な野外活動等を通して、子ども達は思う存分自然を満喫できる。そして、誰に教えられるわけでもなく、自らの五感を使って、自然で遊び、感じ、季節の移り変わりを体感することができる。このような体験を子ども時代にできるということは、何物にも代えがたい貴重な体験であるということは、間違いないはずだ。

 「信州は四季の移り変わりが豊かなんです。」大岡ひじり学園第二十二期の入園のつどいの中で、来園された青木先生が子ども達にそう語りかけた。確かにそうだ、昨年度初めて大岡で過ごした一年の間に、私も信州の四季の移り変わりを目の当たりにし、感動すると同時に大好きになった。また、四季の移り変わりだけではなく、北アルプスの美しさに見とれ、いつかあの山々の頂に自分の足で登り、そこからの景色を見てみたい、この地域に生きる生き物について少しでも知りたい、そして子ども達へそれらをフィードバックしていきたい。信州の自然にふれ、そう感じた大岡での一年目。続く二年目は、私に何ができるのかを模索し、少しでも何かを実現させる年にしていきたいと思う。

 二十二期生の大岡での新生活が始まって約一週間。それぞれの目標を胸に集まった合計十五名の子ども達が、これからどのような集団を作っていくのか、どのような成長を遂げていくのか、とても楽しみだ。  (S)

 

2018.1.20

『友達以上兄弟未満?』

  暦では立春ですが、大岡は毎朝マイナス10℃前後の日が続き、春を待ち遠しく感じる今日この頃です。子どもたちは寒さに負けず、スキー活動に熱中しています。

この21期生の生活も、あと一ヶ月余りとなりました。4月当初は全国から集まった異年齢の子どもたちが、一つ屋根の下で集団寝食生活を始め、バラバラだった人間関係も、他人や年下を思いやる、兄弟の様な関係になりました。今では修園での別れを想像しながら時間を過ごしています。

学園の体験項目の中で、集団寝食体験・擬兄弟姉妹体験の項目がありますが、これは山村留学の体験項目の中で、とても大きな意味を成すものです。センターでの大人数での寝食の体験、そして農家に2人~3人でお世話になる擬兄弟姉妹の体験と、大小のコミュニティーの中で、一年間をかけて子どもたちにこの体験が醸成されていきます。

自宅にいる時は一人っ子や2~3人の兄弟を持っていた子も、山留にきて、体験した事もない兄姉弟妹ができることで、他者や年下の子への思いやりの力、自己を主張すること、我慢することなど、子ども社会の中で自分のあり様を学んでいく大きな場となり、それがコミュニケーション能力として昇華していくのでしょう。

修園していく子どもたちから『山村留学生どうしの関係って友達以上、兄弟未満だね!いや、兄弟以上かも!』という会話が良く聞かれます。確かに言い得て妙だなと感じます。1学期のミーティングでは、色々な決め事を多数決で決めることが多かった子どもたちも、この時期になると多数決をとるよりも、少数意見に耳を傾けたり、年下の意見と力量を考えて、じっくりと話し合いで答えを導いていくミーティングに変化をしてきました。きっとそれだけ一年間をかけて、人間関係を構築してきた証拠なのでしょう。

『皆と修園での別れを想像しただけで涙が出てくるよ』そんな言葉が聞かれる毎日ですが、目に見えぬ体験と成長とは、正にこの様なことを言うのかもしれません。   (A)

2018.12.10

『収穫祭』

 今年度最初の農作業は、きのこの植菌だった。四月上旬の冷たい小雨の中、ぎこちない表情で駒を打っていた子ども達の姿が目に浮かぶ。その後、雪が残る北アルプスを背に、畑に肥料をまき、ポットに種子を植え、苗を育て、夏野菜を作った。子ども達で管理をする畑には次第に草が茂り、畑へ足が向かなくなる子もちらほら。じゃがいもや大豆畑も草刈りや土寄せが間に合わず、大変なことに…

 田んぼでは、もち米とうるち米の両方の稲作を、昔ながらの手作業と機械を使いながら体験した。なぜが週末になると雨が降り、結局どろどろの田んぼの中で行った稲刈りと何とか行った脱穀。改めて、農作業は天候次第だと思い知らされた秋だった。

 大岡ひじり学園では、活動の中で、農作業の占める割合が高い。暑い日も寒い日も、終わるまで皆のために働く、そんな作業を繰り返した。四月当初は何をすればいいのか分からず、すぐに休憩していた子どもたちも、次第に慣れ、弱音も吐かず、最後まで作業に取り組むようになっていった。それだからこそ、収穫の時は嬉しいし、美味しさもひとしおだった。

そのような体験を通してこそ、農作物の収穫を喜び、大岡という自然豊かな環境や山村留学でお世話になっている方々への感謝の気持ちを素直に持ち、十一月下旬に行なった収穫祭の準備に、皆で取り組むことができたのだろう。

発表会の行われた一日目、バザーの行われた二日目と、収穫祭当日は、大勢の方に足を運んでいただいた。これまで練習してきた様々な発表を見ていただくことで、子ども達は感謝の気持ちを表すと共に、沢山の物をいただいたに違いない。特に二日目は、センターから運行したバスを利用して、足を運んでくださった地域の方も大勢いらっしゃった。会場は温かな雰囲気に包まれ、子ども達も、改めて色々な方に支えられていると実感した二日間となったはずだ。

収穫祭を終えて、次の節目はおそらく修園。子ども達は、「修園までに〇〇もしたい」と、前に目が向いている。どんな修園になるか楽しみだ。      (M)

2017.10.5

『味覚の秋』

 夏の間、雲やもやに隠れてほとんど見ることのできなかった北アルプスの姿が、また次第に見え始めた。センター周辺の木々の葉は、少しずつ色が変わり始め、気持ちの良い季節がやって来た。

 一年の中でも過ごしやすいこの季節、何と言っても楽しみなのが、旬を迎える美味しい食べ物たちだ。実は、子どもの頃から、秋特有の気持ちの良い青空が広がって、田んぼが金色に輝き始めると、また食べ物のおいしい季節がやってきたと、どこかわくわくした気持ちになった。

 私の母は料理が好きで、季節の味を楽しもう、おいしいごはんを食べようと、秋になると、さんまを焼き、栗やサツマイモで炊き込みご飯を炊き、食後のデザートには梨や柿をむいてくれていた。学校から帰って来て、玄関のドアを開けた瞬間、さつまいもとおもちを蒸して、練り合わせた、「ねったくり」という宮崎の郷土お菓子の香りがする日には、温かく幸せな気持ちになった。今振り返ると、本当に美味しい食べ物や旬の食材の味を子どもたちにも味わわせようとしてくれていたんだなぁと感じる。

 先日、農家さんのお宅で、ゆでた栗をご馳走になった。栗を半分に切って、スプーンですくっていただいていると、子どもの頃も、同じ様にスプーンですくって栗を食べていたことをふと思い出した。

 働き始めて、私が最初に勤務した島根県大田市のセンターにいた時、栗の渋皮煮の魅力に取りつかれた。学園生が、「本当に美味しくて、たまらないんだよ!」と絶賛していた、農家の母さんが作った栗の渋皮煮の味を、どうにか自分でも作ってみたいと願い、栗の季節になると、栗を手に入れて、こつこつ鬼皮を剥き、ことこと煮こんで、年に一度練習していた。今年はまだ作れていないので、近々作ることができるとよいのだが…

 長野は、果物も野菜もすばらしく美味しい。自然のおやつもたくさんある。子どもたちはきっと、今食べている長野の味、旬の味を、大きくなった時にふと思い出すのだろうと思う。   (S) 

2017.8.15

『自然体験』

 7月に入ってからの朝食時、私は天気予報をみて、子どもたちにこう言った。『よし、今日の夜から雨予報で2,3日降り続くから、今日学校から帰ってきたら麦刈りするぞ』。子どもたちは『はーい』と当然のように返事をしてくれた。この麦は大岡の地粉で、前期の20期生の子どもたちが去年の10月に蒔いたもので、霜にやられないように麦踏みをしたり世話をしながら今年度に引継ぎ、収穫の時期を迎えていたのでした。麦は収穫の時期を逸したり、雨に長くあててしまうと穂発芽(穂の状態で発芽してしまう)してしまい、食べられなくなってしまいます。私は天気予報を見て収穫は今日しかないと判断して刈り取りの活動を入れたのでした。

 学園では『自然体験』を柱として、活動を展開しています。さてこの『自然』とは何なのでしょう。ここ大岡には雄大な山や空、森や川が存在していますが、都会にも草木、土、空など自然と呼べるものが存在しています。学園では『自然』の定義を、先程の山や空、森や川はもちろんのこと、それに寄り添って生活をしている山里の人々の営みも『自然』の定義に据えています。どちらかと言うと、その人々の営みの体験に、学園では重きを置いていると言えます。日々の生活の中で、自然を読みとき、対峙することなく、ローインパクトな営みを送ること。元来、日本の山里では当然のように見られたこの営みも、現代では消滅の一途を辿っています。また、現在農業の機械化や里親農家の方々の高齢化等の問題も含めて、山村留学に求められる体験内容の質や幅の変化も敏感に察知し、センターでの活動体験内容を変革していく力量と熱意も指導者に求められていると強く感じます。

学園では1反強の田と、3反5畝の畑を管理し、主食の米や味噌の大豆、小麦、野菜を子どもたちと育て食しています。

子どもたちと『山里の営みを体験すること』これが今の私の一番の課題です。

さて、早速小麦を挽いて、うどん、おやき・・・何を食べようか。    (A)

2017.7.10

『長野と言えば』

 「ねぇねぇ、長野と言えば?」ある日、宿題について話をしていた子どもたちに尋ねられた。私の答えは、ずばり「お花畑」。南国で育った私にとって、長野といえば北アルプスや八ヶ岳といった山岳のイメージが強い。そんな中でも特に、それらの山の夏、高原植物が咲き乱れるお花畑の風景に、強い憧れを持っているのだ。

子どもたちは、長野の農業についての作文を書いたそうで、その中で「長野と言えば…」という文を使ったので、その考えが一般的なのかを確かめるために、周りに尋ねていたそう。私の答えは、子どもたちの期待には沿えなかったようだ。

 私の育った宮崎県の平野部周辺にある森には、一年中緑色の葉が茂る木々が多く生えている。暖かな地方に生える木は、葉の表面をてかてかと光るクチクラという層でコーティングした、長期間使える頑丈な葉をつける。葉が光ることからこれらの木は照葉樹とも言われ、ブロッコリーのようなもこもことした可愛らしい形をしている。照葉樹に覆われた森に足を踏み入れると水分を含んだ土のにおいが漂っていたことを思い出す。照葉樹林内を歩くことは、とても気持ちがよく、楽しかった。

 宮崎、島根、兵庫、そして長野と移動してきた中でも、やはり長野は自然環境が大きく違うなぁと日々感じる。センターが標高の高い場所にあるので当たり前なのだが、生えている木のほとんどは薄くやわらかな緑色の葉を持つ落葉樹で、見慣れないものも随分多い。日々、「これが、図鑑で見ていたあの植物だ!」と、なかなか出会うことのなかった植物に出会っては、小さな感動を味わっている。その様なこともあり、毎朝行っている朝のつどいで話す自然に関するお話では、ついつい植物のことばかり。もっと様々な事象について話したいのは山々なのだけど…

山の上のお花畑に代表されるような珍しい自然や景色にも数多く出会いたいものだが、センターの周辺の自然もまだまだ未知の世界。未知の世界を知りながら、子どもたちと大岡の自然を楽しんでいきたいなぁと思う。  (S)

​2017.6.25

 もし、私が山村留学に出会っていなければきっと子どもと関わる仕事には就いていなかったでしょう。

私は大岡ひじり学園の7⊡8⊡9期の修園生です。中学3年間をこの大岡で過ごしました。私の山留の始まりは決して自発的なものではなく、母が知らない間に申し込み、よく解らないままいやいや入園しました。1年目はやる気なし馴染めない不登校の三拍子で、みんなが授業を受ける中私は1人保健室。そんな時に各地の民俗芸能の練習が始まり私はそれに夢中になりました。太鼓や踊り、一番は三線。指導員が迎えに来るまで気付かず夜中2時頃まで練習をしていました。帰園して練習をするためだけに学校へ行くようになり少しずつ生活が楽しくなりました。2年目でやっと山留のスタートについたと思ったら最高学年になっていて、みんなを引っ張る立場になっていました。中3の時は上手くいかず、毎日指導員の前で反省会をしては泣いていました。振り返ると楽しい事よりも苦しい事の方が多いけれど、毎日は本当に充実していました。あの頃があるから、大抵の事は乗り越えられると思える今の私が居ます。山留中は母が許せなかったけれど、今では無理やりでも山留に出してくれた母に感謝しています。

 修園生ボランティアとして学園生と関わっていたころと、指導員として学園生と関わる今。立場が変わったため、子どもたちとの距離感に悩みつつ、試行錯誤の日々です。山留の経験があるからこそ、継続園生達の21期への思いや上手くいかないもどかしさもよくわかります。しかし21期の山村留学は彼らが創りあげるもの。応援しながらさり気なくヒントを振りまいていますが、それがとても難しく感じます。

私の4年目の山村留学は指導員。今はまだ私自身も自分に余裕を持てずにいるため、これからもっと学園生との時間を作って指導員としての山村留学を楽しんでいきたいです。  (M)

2017.4.5

 大岡ひじり学園第二十一期生の新生活が始まり、まだ一週間もたっていないことに少し驚く。今年度の学園生は、小学校3年生から中学校2年生までの、継続園生四人と新入園生九人、合計十三人。五日の入園後初めての週末には、早速デイキャンプやロープワークを行い、さらには聖山での雪遊びも楽しんだ。慣れない集団生活や学校への登下校、そして約三十項目にのぼる基本的生活習慣についてのミーティング…と、やるべきことが多く、疲れた表情を見せる子もちらほら…それでも、継続園生のお兄ちゃんたちがいろいろなことを教えながら、にぎやかに毎日生活している。

 私自身、三年間お世話になった兵庫県にある神河やまびこ学園から引っ越して来たばかり。小学生ばかりの学園から来たので、子どもたちの様子も、地域性も、様々な事が異なっており、右も左もわからない状態なのは、新入園生の子どもたちと同じ。先輩指導員や継続園生の子どもたちに教えてもらいながら、少しずついろいろなことを覚え、大岡での生活にはやく慣れなければと感じている。

 長野に引っ越す前に、神河でお世話になった方々に挨拶に伺った。受け入れ農家さんをはじめ、たくさんの地域の方々に挨拶をしたかったが、時間が限られ、残念ながら伺えなかった方もいらっしゃった。ようやく顔なじみになり、「今度○○を教えてください!」と、約束だけを残してきた方も多い…

 山村留学に係わっていると、学園生や保護者さん、地域の方々をはじめ、想像以上にたくさんの出会いがある。すごい技術を持っていたり、すてきな魅力を備えた方と出会うことができ、お話を聞いているととても面白い。世の中には本当にいろいろな人がいるのだと改めて実感する。それが、山村留学の一つの魅力だと感じる。

大岡のセンターからはとても美しい北アルプスが見える。初めての東日本での生活にわくわくしながら、大岡の地でも、子どもたちといっしょに様々なことに目をむけて、たくさんの方々と出会い、子どもたちが充実した一年になるようサポートしていきたい。   (S)

2017.1.10

『子どもの声』

 本年もよろしくお願い致します。今年は雪が多いと言われながら迎えた年末の短期行事。雪が降っても中々根雪にはならず、雪国の体験ができるかと心配しましたが、子どもたちの来訪に合わせるかのように山が白くなり、ほっと胸を撫で下ろしました。年が明けて学園生も帰園し、賑やかな声が響いています。

 ここ大岡のセンターが建つ場所は小高い丘で、目前に雄大なアルプスを望む場所です。子どもたちが学校から帰って来ると、遥か彼方からワイワイと子どもたちの歓声が聞こえてきます。その声が聞こえ始めると『お、帰ってきたな』と暖炉に薪をくべ、センターを暖めて子どもたちを迎え入れます。帰ってきた子どもたちは、寒い冬の登下校でかじかんだ手を暖炉にかざして一息つき、学校であったことをお話ししてくれます。

 先日、センターが建つ集落の方々とお話しする機会があり、こんな声を聞いた。『畑にいると挨拶してくれるのが張り合いでね』『遠くから子どもたちの声が聞こえると、子どもたちも頑張って歩いているから、おらももう一仕事精出すかって思うだ』また、受け入れ農家がある集落の方からは、『この集落は子どもの声が聞こえなくなって、何十年もたつが、学園の子どもたちが来てくれたおかげで、賑やかにしてくれてなあ、子どもの声ってのはいいもんだ』

高齢化率が高い大岡では、過疎化や少子化も相まって、子どもの声が聞かれなくなって久しい集落がとても多い。子どもは未来の担い手であり、地域にとっての宝・夢である。それがたとえ、都会から来た留学生であっても変わらない。 

子どもの声が聞こえること、存在すること。そのこと自体が持つエネルギーや影響力はとても大きい。お話を聞きながら、地域の方々から温かく見守られて生活している学園生は本当に幸せであり、もっと地域に根差した活動を、展開すべきだと感じたひとときだった。   (A)

 

2016.9.30

『9月の誕生日会』

 8月が終わると、すっかり涼しくなり、秋の香りが漂う。学園生は、あけびや栗を拾ってくる子がいる。食事では、畑のかぼちゃがおいしい季節。誕生日の人がいる月は、学園生が計画し、誕生日会が行われる。9月は、私も祝ってもらった。会は「それでは誕生日の人が入場します!拍手で迎えましょう!」の合図で、ろうそくが灯された会場に入る。バースデーソングを歌って、乾杯をしたら、一人ひとりから誕生日の人へメッセージが送られる。恒例のこの時間、学園生の素直な思いや言葉にならないものが伝わる。楽しみだけれど、すこしどきどきする。「いつも鰊場音頭の練習をおしえてくれてありがとう。しおりんみたいに踊れるようになりたい」ある子がそう言ってくれたとき、今まで言われたことのなかった言葉、そんな風に見てくれることが嬉しかった。

 またある中学生は「時々いらついて、しおりんに当たってしまってごめん」と。「私もその時、いらっとした反応をしているのに…。」素直に謝る彼にこちらも心の中で「ごめん」とつぶやく。ある子は「しおりんは、いつもやさしくて…うーんと、うーん…」。その子が話し終わるまで、全員が温かい視線で待つ。言葉がでなくても、自分にかけてくれる言葉を考えているその姿だけで、胸がいっぱいになるほど嬉しい。先輩指導員からはこれからの指導者として「子どもの心に寄り添うこと」と「自分でレールを敷いて歩むこと」。その言葉が心に刻まれる。誕生日会は全員が温かい気持ちになる時間。その人に贈るお祝いの言葉は、普段言えないお礼や謝りの言葉、その人へのアドバイス、その人の好さなど。その人と目を合わせ、そのとき思い浮かぶことばが出てくる。伝えるのが上手でなくても、人前で話しが苦手でも、伝えようとする思いがにじむ。これからも大切にしたい、みんなとの時間。  (O)

2016.9.10

9月号通信はじめに』

 2学期が始まり、『ただいま!』という元気な声と共に、大岡に帰ってきた子どもたち。口々に夏休みにあった出来事をお話ししてくれました。そして『やっぱり大岡は涼しくていいね!』『やっぱり大岡は水が美味しいね!』と、都会と大岡との環境の違いにあらためて気付く言葉が多く聞かれました。入園して約6ケ月が過ぎ、子どもたちの五感に、大岡の環境を感じさせる素地ができあがってきた証拠なのでしょう。

 これから大岡は収穫の秋を迎えます。自分たちで育てた田畑の収穫、そして心と身体の収穫を子どもたちは数多く実感することでしょう。9月号、アルプスの丘通信ご覧ください。 (A)

2016.8.30

『成長』

 私は、小学4年生から6年生までの3年間、ここ大岡で山村留学をしていて、今年度から、大岡ひじり学園の食育指導員になりました。

 9年ぶりの大岡での生活は、学園生ではなく、修園生でもない、指導員としての生活。よく知っている場所だけど、知らない場所にいるような不思議な感覚で、不安になることもありました。しかし、大岡の同級生の保護者の方に、偶然会うとみなさん覚えていてくれて「おかえりなさい」と、声をかけ喜んでくれました。そこには、学園生だったころから変わらない大岡の人の、温かさがあり、大岡で山村留学をしていてよかった。またここに戻ってきてよかったと感じています。

 私は、小学生で山村留学をしていた時、中学生の山村留学にすごく憧れを抱いていて6年生の時「どうしても継続したい。中学生の山村留学をしたい。」と母に何度も頼みました。しかし「大岡での生活も3年が経ち中学生になる切りのいい時だから帰ってきなさい。1年家で暮らしてそれでもまた大岡に行きたいと思ったら戻ってもいいよ。」それが、母からの答えでした。私は、大岡に戻ってくることなく、中学時代を地元で過ごしました。そんな話を、小学生の時に大岡にいて今年中学3年生で再び大岡に来た子にすると「どうして戻ってこなかったの?」と聞かれました。自分自身がその事に関して深く考えたことも無くその質問に答える事は出来ませんでした。

 しかし、少し未練を残し山村留学を終えたからこそ、今こうしてここで指導員をしていて、活動1つ1つを学園生に負けない勢いで楽しめているのかもしれないと感じています。

 目標を持ち、親元を離れ大岡で日々成長していく学園生から刺激を受けながら、私も学び、成長していきたいと思っています。             (M)

2016.8.1

『通信8月号はじめに』

 1学期が終了し『いってきまーす!』と挨拶をしてセンターを出発し。帰省をしていった学園生たち。学園では帰省も一つの活動と捉えて、自分1人の力で大岡から自宅に帰省をするようにしています。経路と料金を時刻表で調べて、切符を購入して帰省をします。帰省日の朝には自分の畑の収穫をして、両手にいっぱいお土産を持って大岡を出発し、夜には全員無事に自宅に到着したと連絡がありました。短い夏休みですが、お家の方々とゆっくり休養してきて欲しいものです。センターでは学園生と入れ替わりに、短期の山村留学生が全国から大勢活動にやってきました。最近は短期の活動に参加をして、1年間の山村留学につながる子も多く、受け入れ農家の皆さんのご協力を頂きながら、充実した短期活動にしていきたいと思っています。8月号アルプスの丘通信、ご覧ください。  (A)

2016.7.1

『通信7月号はじめに』

 長雨が続いた時期も、間もなく明けようとしていて、センターの田には青々と天に向かって伸びる稲と、夕方には蛍が舞う姿がみられます。学園生は1学期も終わりに近づき、センター・農家・学校での生活の振り返りをしながら、数日後の帰省を楽しみに待っています。

4月に意を決して、親元を離れて大岡での生活を始めた子どもたち。小学生は約6,4km、中学生は約10kmの徒歩通学を続け、テレビやお小遣いの無い生活、洗濯や食事など自分の力で取り組む生活、人の気持ちを優先して送る集団生活と、体験を主体とする生活を送ってきました。どの子も体力や体つきが変わり、心身共に大きく成長した姿がみられた4カ月間でしたが、きっと目に見えない疲労も溜まっていることでしょう。夏休みにはゆっくりとお家の方と過ごし、エネルギーを満タンにして2学期の生活をスタートさせてほしいと思います。7月号、アルプスの丘通信ご覧ください。 (A)

2016.6.30

『アルプスが見える景色』

センターの前に広がる北アルプスの雪がすっかりとけた。今はわずかに白い筋が残るだけ。学園生は9月に行われる北アルプス登山を楽しみにしながら、日々アルプスを眺めている。

ある日、厨房を手伝ってくださる地域の調理員の方と話していて、「あそこから見える景色は最高だよね、この間もアルプスと下に広がる田んぼがきれいで、思わず車止めて。しばらく見てたのよ。」という言葉が耳に残った。大岡の人にとって、アルプスがきれいに見えるってことは大切なんだろうと感じた。そういえば、畑仕事の手を休める農家の方は、皆アルプスの方を向いて腰をおろしている。

私の実家は県の南信・飯島町。子どものときは家の前にそびえる中央アルプスを見て毎日登校した。日が昇る時間は、太陽の光に照らされて息を飲む美しさ。青い空に緑が映える夏山は思わず登りたくなる。冬の夜は月明りに反射し、山がうっすら浮かび上がっている。当時、そんなアルプスを見て、悩みや迷いはどこかへ飛んで行っていたことを思い出す。今の生活でも、大岡で見える北アルプスがくっきりと青い空に映える日は、センターで過ごすのがもったいない気がする。とにかく外に出たくなる。ずっと見ていたい。

朝、センターでカーテンを開けると、そこにいる学園生は「今日のアルプスはくっきりだね」「今日は、残念ながら雲で見えないね~」とアルプスの存在を口にする。きっと学園生も気分がいい日は仲間と一緒に「今日のアルプスは最高だね~」なんて話しながら登校し、たまに集団生活で悩む日なんかはアルプスに励まされながら一人の時間を味わって登校しているのだろう。

自然の移り変わり、天気の変化、雄大、神聖、美。言葉では表せない、アルプスが見せるものと、その存在の大きさ。毎日アルプスを眺める大岡の暮らしは、豊かで幸せそのもの。    (O)

2016.6.2

『6月号通信はじめに』

 6月初旬になかなか雨が降らず、学園生が毎日水やりをしていた『1人1畝百姓』の畑も、ようやく梅雨入りをして、雨露にあたる野菜苗が生き生きとしてきました。

今回のセンター活動では、『大岡小学校運動会・大岡大運動会』が実施され、学園生の保護者の皆さんも全国から駆けつけ、子どもたちに声援を送り、地域の皆さんと一緒になって競技に参加して汗を流しました。子どもたちを中心に据えて、学校行事に地域全体で関わる今回の運動会は、都会には無い温かみがあり、保護者の皆さんもとても楽しんでいました。
 学園ではこれから初夏を迎えて、夏野菜の収穫やキャンプなどの活動が始まり、子どもたちの歓声が絶えない季節になります。
6月号、アルプスの丘通信ご覧ください。   (A)

2016.5.5

『5月号通信はじめに』

 センターから眺めるアルプスの山々に、農事を知らせる雪形が現れる季節になりました。学園生は入園してから1か月が過ぎ、長い徒歩通学やセンターでの集団生活など、大岡での生活に大分慣れてきました。入園当初は『何をしたらいいの?』という受動的な質問が子どもたちの口から多く聞かれましたが、最近では『~してもいい?』という能動的な言葉が多く発せられるようになってきました。親元を離れた厳しい生活にも慣れてきて、自然豊かな大岡での生活で、内発するエネルギーが湧いてきた証拠なのでしょう。これから子どもたちの歓声が、さらに大岡の山々にこだますることでしょう。 5月号アルプスの丘通信ご覧ください。   (A)

2016.4.27

『内発する欲求の芽生え』

この時期、センターから眺めるアルプスの山肌に浮き上がる雪形。爺ヶ岳→種蒔き爺さん、鹿島槍ヶ岳→鶴と獅子、白馬岳→代かき馬、長年それぞれの雪形をみて農民は農事を始めたそうです。

今年度学園は20期生を迎えました。学園生16名、内訳は小・中学生各8名、男子9名・女子7名となりました。新規入園者は4名で継続園生が10名、小学校時代に在籍して一度自宅に戻り、再度中学生になって復園した子が2名ということで、12名が学園を良く知る継続園生なので、入園間もなくから、スムーズに集団生活が回り始めました。それでも入園当初は、長距離の徒歩通学や配膳・掃除・洗濯など自分でやらなければならないことが多くて、疲れがたまってしまう子もいましたが、ようやく生活にも慣れて体力もつき、余裕を持って生活できるようになってきました。当初は子どもたちから『何をすればいいの?』という受動的な言葉が多く聞かれていましたが、最近は『~してもいい?』という能動的な言葉が多く聞かれるようになってきました。

これは、自然に囲まれた豊かな環境で、無尽蔵に垂れ流されていたテレビや漫画、ゲームの情報からから離れ、規則正しい生活を送る中で、個々の子どもたちから内発する、欲求の芽生えがあるからなのでしょう。この姿こそが山村留学が目指す子ども像の第一歩であると私は思っています。

四季折々の素晴らしい大岡の自然の中で、16名の子どもたちがどのように自分の内発する欲求を広げていくのか、これから指導者として見守り、支援をしていきたいと思います。   (A)

2016.4.4

『4月号通信はじめに』

 三寒四温を繰り返す度に、桜の開花の知らせが、川手から山手に移ろう季節になりました。今年度、全国より学園に入園した山村留学生は16名(小学生8名、中学生8名)になりました。入園して約二週間が過ぎましたが、ホームシックになる子もいず、皆元気に生活しています。これから1年間、四季折々の素晴らしい自然の中で生活し、地域の皆様に見守られながら多くの体験を積み重ね、大岡が心の故郷として、子どもたちの心に根付くことを望みながら、学園を運営して参りたいと思います。

 今年度もこの通信を通じて、子どもたちや学園の様子を、皆様にお伝えしていきたいと思います。 4月号、アルプスの丘通信ご覧ください。  (A)

2016.3.25

『修園のつどい』

つどいでは、学校の先生方、お世話になった農家の方々、長野市行政関係の方々など、たくさんの方に集まっていただいた。『一年間の心の発表』では、それぞれが自分の一年を振り返って綴った作文を発表。最初は小学生が少し緊張した様子で淡々と作文を読み上げる。中学生になると、一年を思い返しながら、しみじみと作文を言葉にする。作文のあとは保護者の謝辞が述べられた。涙ながら山留に来るまでの話や成長した子どもに言葉をかける父と母の姿に、それを見つめる学園生の目にも涙があふれてくる。その様子を見守る来賓の方もポケットからティッシュやハンカチを取り出していた。私は正直、自分の子どもでもない、深く関わりがあったわけでもない、来賓の方にとってはこのつどいの時間がどう映るものなのか、退屈ではないかと思っていた。しかし、ほとんどの方が学園生の作文に耳を傾け、保護者の謝辞を聞き、鼻をすすり、目を赤く染めていた。来賓の方からの祝辞では長野市の教育課長が「あまりに心打たれ、用意してきた挨拶を読めない。」と学園生の作文と保護者の謝辞を聞いて、その場で思ったことをお話しくださった。つづいて山村留学推進委員会の方からの祝辞では、学校の卒業式のようなかっちりとした感じではなく、言葉よりも思いがこみ上げてくるのか、前のめりになり体を上下に揺らしながらの挨拶だった。学園生・保護者・来賓が一体となり、山村留学生の一年間の成長を祝うそんな時間となった。

直会も終わり最後の時間、19期の仲間一人ひとりに言葉をかけて握手をし、学園生は退場していく。修園生の温かい歌に見送られ部屋をあとにした学園生は廊下に座り込んだり、壁にもたれかかったりして、それぞれに泣いていた。一番年下の4年生も中学生の男子も、全員が涙で顔をぐしゃぐしゃにする。感謝と別れを惜しむ気持ちで胸がいっぱいなった。                (O)

2016.1.12
『簡単には・・・』

新年明けましておめでとうございます。 例年にない暖冬と小雪で、冬休みの短期山村留学の子どもたちの活動が危ぶまれましたが、活動前に降雪があり、予定通りの雪の活動をすることができました。 年が明けて、短い冬休みをお家で過ごした学園生が、『ただいま~!』という元気な声と共にセンターに戻ってきました。口々に冬休みの出来事や、これから始まるスキー活動のことなどを話してくれて、残り僅か3か月の山留生活に寄せる思いが、それぞれ伝わってきました。 私は2学期最後のミーティングで、学園生に次年度に向けて、指導者・学園生共に持つべく、心構えについての話をしました。きっと冬休みに帰省をして、次年度についての継続・退園の話題が、家族で出るかもしれないこと。そしてその中で簡単に結論を導いてはいけないこと。指導者としては『君たちを簡単には残さないし、簡単には帰さない』という考えでいることを話しました。次年度継続して留学生活を送るということは、同じ活動の繰り返しである1年間になるので、しっかりとした自己課題を持って臨まないと、享楽的に生活をしてしまいがちになること。そうならないために、1年間の振り返りと、そこから導かれる自己課題を、しっかりと掘り下げて、新年度を迎えることが、とても重要になります。また、退園するということは、自然豊かで人情味溢れるこの大岡の環境で、滾るような生活をしていた学園生にとって、都会の生活に適応することは、そう簡単な事ではないこと。振り返りと課題の掘り下げは継続同様にしっかりとする必要があります。新年度を迎えて『やっぱり継続しておけばよかった』『やっぱり帰ればよかった』という安易な後悔をしないために、これからの3学期は、本人・保護者・指導者が三つ巴になって、振り返りと自己課題を、掘り下げていく作業が始まります。 

         (A)    

2015.9.25

 『犀川漁体験』

 『ねえっ!来て!何か獲れてる!大きい!』川べりで、たこ糸を手繰るその子の先には、40cmを超えるマスが暴れていた。『こっちにも何かかかってる!すごいっ!』川のあちらこちらで、子どもたちの歓声が響いていた。自分の仕掛けを引き上げる時の『ドキドキ・ワクワク』が、こちらにも伝わってくる様だった。

 今回のシルバーウィークでは1年分の薪を用意する親子薪割り活動の他に、『犀川漁体験』という活動を初めて行った。名峰聖山を頂点に扇型に広がる大岡、その足元を流れる信濃川水系の犀川は、昔は日本海から鮭が遡上し、漁業・水運と、大岡の川手地域の生活文化と、切り離せない存在であった。今回はその犀川を活動フィールドにして、地域の方に講師をお願いし、古来からの漁法を教わり、実際に自分たちで魚を獲る活動を行った。前日に犀川に集合して、講師の方から、投網や筒、仕掛け網など、昔から伝わる漁具を見せて頂き、その後『ふて針』という仕掛けを自分で作って、1人ずつ川に仕掛けて、翌朝引き上げに犀川に出かけた。自分の仕掛けをドキドキしながら引き上げる子どもの姿を見て、私は自分で一から漁具を作り、魚を獲るという活動が、ここまで子どもたちの心を躍らせるとは思わなかった。そして自分が子どものころ、散々川に出かけてドキドキしながら罠を仕掛けたり、ヤスで突いたりしたことを思い出した。活動終了後に『ねぇ!次も仕掛けに来ようね!』『次はいつ?』と、子どもたちは目を輝かせながら私に言ってきた。

 学園の指導体験群の中に『狩猟体験』があるが、まさしくこの活動があてはまる。今回初めて行った活動であったが、この様な体験活動が、まだまだ大岡には数多く眠っていて、掘り起こしていく必要があると子どもたちの姿を見て痛感した。    (A)

2015.9.2
たまり場

 2学期に入り、最初の行事は『ゆめっこまつり』でした。この祭りは十一年前より始まり、地元児童生徒保護者を巻き込んで、祭りを創り上げる活動です。今回も五十人近くの修園生やボランティア、修園生保護者の皆さんが参集し、祭りを大いに盛り上げて下さり、成功裏に終わることができました。お手伝い頂いた皆様、本当に有難うございました。 ひじり学園では修園生保護者・修園生・ボランティアの皆さんが、収穫祭や修園、薪割りなどの大きな活動に、お声掛けをすると、全国から数十名の方が駆けつけて下さり、学園行事を盛り立ててくれます。私はどうして多くの皆さんが、毎回、学園に集まって下さるのかを、よく考えます。それは学園生を中心にして、その成長を願い、支援する気持ちの集合体だからだと思うのですが、それ以外にも、旧知の仲に会える、大岡を訪れると素でいられる、安心感がある等、それぞれの思いがあって、集まっているように感じます。 私は大岡に赴任した時に、いずれセンターをいろんな方々の、たまり場にしたいと思いました。それは、最近の若者たちが、気軽に集い、語らい、安心感を持てる場所、要するにたまり場的要素を持った空間を、必要としているように思ったからでした。 私が高校生の頃、たまり場といえば東京国分寺の片隅にあった、ジャズ喫茶でした。当時は簡単に買えなかった、有名プレイヤーのLPレコードをリクエストしたりと、一杯のアイスコーヒーで数時間も滞在し、ほぼ毎日学校帰りに、その空間に顔を出していた時期がありました。そしてその空間は、必ず数人の友達がいて、他愛もない会話を交わし、なかなか将来を見据えられない時期に、緩やかな連帯と安堵感のある、たまり場と言うに相応しい場所だったと思います。きっと、そこから少しのエネルギーを貰い、日々の気持ちのリセットをしていたのでしょう。 十八年目のセンターにはLPレコードも、アイスコーヒーもありませんが、素晴らしい自然と、何より、中心にいる学園生の成長と、その成長を見守る笑顔の集合体が存在しています。たまり場になれたかな。            (A)

2015.6.25

『何をすればいいの』から『~してもいい?』へ

 入梅をしてからというもの、時折晴れ間をのぞかせながらも、ほぼ毎日降る雨に、畑の土も乾かず、子どもたちは自分の畑の管理に苦労しています。それでも一雨ごとに背丈が伸び、花を咲かせ実をつける野菜たちを見ては、『収穫まだかな?』と収穫を心待ちにしているようです。

19期生の生活も3か月が過ぎ、入園当初の緊張感も消えて、子どもたちは、とても落ち着いて生活をしています。長距離の徒歩通学などの身体的疲労も無くなり、健康的な生活の中で体力もつき、精神的な余裕を生み出す土台となっているようです。

4月から5月は、新たな山留生活の中で、親元を離れること、集団に自分を合わせていくこと、基本的生活習慣の定着や、センターでの活動など、子どもたちにとっては、全てが初めての体験で、精神的にも余裕が無く、日々の生活の中で『次は何をすればいいの?』という言葉が聞かれ、受動的に動く姿が多くありました。しかし

6月に入ってからは、子どもたちからは『畑に~植えてもいい?』『外で~してもいい?』『三味線早く練習したい!』というような、心から内発する、能動的言動がとても多くみられるようになってきました。きっと基本的生活習慣が身につき始め、普段の生活の中で時計(時間)を見ながら行動し、時間的余裕と精神的余裕が生まれてきたからなのでしょう。

最近指導者として感ずる大切なことは、受動的活動期に『~しよう!』『~をしてみたら?』と言うように無理に刺激を与えず、個々の教育環境を整え、能動期に移行するのをひたすら待つこと。そして子どもから、能動的言動を見い出したならば、次なる自己課題を発見できる様な教育環境をさらに整えてあげること。環境の中で。子どもが第一歩を踏み出す力を信じ、待ち続けることが、指導者には一番求められるように思います。

そして、これから2学期を迎えるころには、子どもたちから『~できたよ!』『~失敗しちゃった!』など、結果を表す言葉が、多く聞かれるようになるでしょう。

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